自称恩返し
引き戸を閉めて、鍵をかける。身長二メートル強の骸骨が、玄関に佇んで辺りを見回していた。一応、玄関マットで足を拭く気遣いはしてくれるようだ。
「とりあえず、客間にどうぞ」
「お邪魔致す」
その低い声はどこから出ているんだ。成人男性らしき声で返事をする骸骨は、私の後をついてきた。客間に通して座布団を敷いていると、そこに丁寧に正座する。
へえ、骨が正座するとこんな感じなんだ。
いや、どうでもいい。
私は一旦客間から出て、廊下を進んで、台所へ出た。そこで茶を淹れて、また客間へと戻っていく。障子を開けようとして……動きが止まった。
よく考えろ、私。
相手、骸骨だぞ。
骸骨が茶を飲むのか?
いや、それ以前に、うちに骸骨が押しかけて来ているこの状況はなんだ。
すっ、と勝手に障子が開いた。
「手が塞がっては障子を開けられませぬな。気が利きませんで申し訳ござらぬ」
二メートル強の白骨が、朗らかな声で私を見下ろしていた。
そして骸骨は茶を飲んだ。
ずず、とすすって飲み込まれた緑の液体は、喉元で綺麗に消え失せた。まるで見えない皮膚に覆われているかのように、あっという間に目視できなくなった。
「それで、ご用件は?」
「あ、はい、拙者、がしゃどくろでござる」
「がしゃどくろ……」
「左様にござる。埋葬されなかった死者の骸骨や怨念の集合体」
「埋葬されてたじゃないですか」
「供養されてなかったのでござるもの」
ござるものって。
「夜中にがしゃがしゃ音を立てて彷徨い申す」
「うるさっ」
「生きている人間を見つけると襲いかかり申す」
「迷惑」
「シンプルな罵倒やめていただけまいか」
「怖っ。帰ってくださいよ」
「いや、そういう設定なだけで個人差がござりますから」
「設定ってなんですか」
「あの、がしゃどくろって一九六八年ごろに創作された妖怪でござってね」
「は?」
「けっこう、現代っ子なのでござるよ」
ずず、と茶をすするがしゃどくろ。元々は作り物だったが、作り物だとしてもがしゃどくろというテンプレートを作ってしまったせいで、数々の骨や魂がそれに吸い寄せられてしまった結果、こうして具現化することになったのだとか。
「ええと、巨大な骸骨で、人間に襲いかかる妖怪だってことは分かりました」
何を理解しているんだろう、私は。
こんな、面倒くさい塊に手足が生えたような存在を前に、何を冷静に対処しようとしているんだろう。
「その妖怪が、なんの用です?」
「妖怪、なんか用かい、とか言ってね」
「茶をぶっかけますよ」
「ごめんなさい。ご恩返しに参上つかまつった次第にございます」
「恩返し?」
「墓を磨いて供養してくださったではござらんか。拙者、そのご恩に報いるために、貴殿が望む人間に襲いかかっては殺す所存でござる!」
「がしゃどくろの性質抑える気ゼロ」
今すぐ家から放り出してしまいたい。関わらなかったことにしたい。
でも、たぶん、家の外で大声で泣かれるだろうな、と想像できてしまった。
ぬるくなり始めた茶を飲む。やる気に満ちた骸骨を見つめる。
一糸纏わぬ白骨に、とりあえず服を着せようと思った。
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