骨なしと骨しかないの | ナノ
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骸骨、家を抱く

 排水溝に水を流して、軍手を脱ぐ。掃除用具を片付ける。十メートルほどあるだろう骸骨がこちらを見てくるが無視して、歩き出した。
「ちょっと」
 呼びかけられるが無視だ。見てはいけない。現在、私は非常に面倒くさい状況に身を置いている。理解できない。理解したくない。だから理解しない。
 それでいい。
「さっ、帰ろう」
「ねえ」
「帰って寝よう」
「えっ」
 戸惑う骸骨が両手で口を覆っている。信じられないほどの塩対応を見た、とでも言いたげな視線が、骸骨の真っ暗な眼窩から私へと向けられていた。
 寺から自宅までは歩いてすぐだ。カフェを過ぎて、アパートを過ぎれば、そこが我が家なのだ。とてもご近所さんである。
 私はさっさと帰宅して、引き戸を勢いよく閉めた。鍵をかけて、終わり。本日の外出も、面倒ごとも、全部全部終わり。めでたしめでたしである。

「ねえぇぇぇ! ちょっとおぉぉぉ!」

 地を震わす大声が家の上から降ってきた。ガクンと家が一回、大きく揺れる。おそらく、十メートルほどある骸骨が追いかけてきたのだ。ご近所なのだから、十メートルの彼……なのだろうか。骨だから分からないが声からして彼にとっては、たった数歩でたどり着ける距離だったのだ。
「既読スルーはエグいでござる! 拙者そういう、大人げないこと嫌い!」
 大音声が町に響き渡る。
 町の住人が怯える声が聞こえてくる。
 いやに若々しい言葉遣いの骸骨だ。しかし一人称は拙者で、ござる口調だ。訳が分からない。
 ゴンゴン、と玄関がノックされた。おそらく指先でつつかれているのだろう。きぼう殿、開けてくだされ、と野太い声が聞こえてきた。表札を読んだらしい。
「きぼう殿ぉ」
 ゴンゴン、ゴンゴン。ノックの音は止まない。
 町内会長の奥さんといい、この骸骨といい、何故こうもテンションが振り切れたような存在がノックしてくるのだろう。玄関の戸が可哀想だ。
 ゴンゴン、ゴン……ゴン……。
 ノックの音が、途切れ始めた。諦めたのだろうか。そう思ったが、しかし。

「なんで……なんで開げでぐれないのでござるがあぁぁ……拙者が、ぜっじゃがバゲモノだがらでござるが、ぎぼうどのおおぉ!」

 うわああああん。
 古い家はその大音声でビリビリと震えた。
 嘘だろ。泣き出したよ骸骨。
 しかも水滴が落ちてきたよ。どこから涙が出てきてるんだよ骸骨。
 これ以上はご近所迷惑だ。もう降参だ。
 玄関の鍵をかちりと開けて、私は傘をさして外に出た。
 案の定、骸骨の真っ暗な眼窩から涙が溢れ出していた。
「きぼう殿……やっと出てきてくださった」
「きぼうじゃないです、のぞみと読みます」
「お話だけでも聞いてくだされ」
「嫌ですよ面倒くさ……うわあ、また泣く! ちょっと泣き止んでくださいよ」
「お家に入りたいのでござるけど」
「あなた大き過ぎて無理でしょう」
「あ、小さくなれ申す」
「なれるなら最初からそれで来てください」
 何故(なにゆえ)そう意地悪を仰るのか。と不満げな様子を惜しげもなく見せてくる骸骨は、しゅるしゅると音を立てて体を縮めていくのだった。
 そして、二メートル強ほどの大きさで止まった。
「これが限界でござって」
 近所の視線が痛い。この骸骨を家に入れるしか、他にない。

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