情報収集
「キョウコ?」
「希望さんには言ってなかったわね、そうなの、キョウコ! 私の妹なんだけどね、旦那さんに聞いたのよ、他に男を作って出て行っちゃったって! そんな無責任なことする子じゃないと思ってたのに、ひどい話だわ!」
「その、旦那さんって……」
「そうそう、マサオさんねえ、キョウコが帰ってくるのを待ちますって、離婚届も書かずに、今でも息子さんと暮らしてて! やだ、泣いちゃうわ! 息子のタクヤくん……私の甥っ子なんだけど、その子ももう高校生よ!」
「旦那さんの苗字は、分かりますか?」
私は焦っていた。端から見れば、思いもよらないところで飛び込んできた情報に、滑稽なほど目の色を変えていたことだろう。
タカコさんはパチクリと瞬きをして、それから目を輝かせた。
「まさか、妹を探してくれるの? 凄い力で、パパパーッと!」
「す、凄い力はありませんけど……」
「マサオさんは入り婿でね、私の旧姓を名乗ってるの。園田っていうんだけど」
「園田……」
気に入らないことがあると怒り出す、園田さん。
胸ぐらを掴まれた記憶が蘇る。
人間を裏切るのか、と怒声を浴びせてきた彼が、キョウコさんの夫。
「つかぬ事をお聞きしますが……」
「あら、なあに?」
「……園田さんって、昔、PTAの会長をしていたこと、ありませんか?」
私は、ぐったりと居間に寝転んでいた。
不発だ。
園田マサオ。彼は泥田坊の土助さんが現れた家の園田さんで間違いはなかったが、PTAの会長どころか役員を務めたこともないという。
ならキョウコさんが話していた内容は一体何なんだ。やはり狂骨だからキョウコと名乗っていただけだったというのか。
「うーん……」
やはり、十年前に何があったかを調べる他ないらしい。
「面倒くさがりの引きこもりがよその厄介ごとに首を突っ込むなんて、成長いたしましたなあ、匿名殿」
「嫌味ですか?」
「まさかぁ。素直に褒めているのでござるよ!」
「そうは聞こえませんでしたけど」
「匿名殿の捻くれ者っ! 拙者いつだって匿名殿の味方なのに! 格好良く守ってみせたではござらんか!」
「ああ、はい、ありがとうございます」
「反応うっす」
頭から湯気を出しながら怒る涅槃さんが、私に茶を入れてくれる。どうやって湯気が出ているのだろう。骸骨なのに。
だいたい涅槃さんは化け猫の善次郎さんと違って、姿を消す能力に乏しい。
隠す気ゼロでござる、なんて言うくらいには人間から丸見えだ。
人間と怪異の橋渡しができそうではあるが、見た目の怖さが邪魔をする。
「善次郎さん、土助(どすけ)さんの所に行って、園田さんのことを聞き出してきてもらえませんか」
「ああ、構わん」
「ちょっと! 何ゆえ善次郎殿? そこは頼りになる拙者では? 攻撃も防御もお手の物な拙者では?」
「攻撃も防御もいらないし。涅槃さん人の話聞けないじゃないですか」
「辛辣ぅ」
やかましいわ。
ここは姿を消すことができる善次郎さんに頼る他ないのだから仕方ない。
土助さんが園田さんについて何か知っていればいいのだけど。
「……そういえば、善次郎さんだけ安直な名前じゃないんですね」
「生前は人に飼われていたからな」
「へえ……どんな飼い主だったんですか?」
「よその町からここに引っ越してきた爺さんだ。今はもう死んでいる」
涅槃さんが膝を抱えて拗ね出したのが見えた。
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