恨みの骨
小学校の裏。誰も足を踏み入れないそこに、立ち入り禁止の看板が掲げられていた。フェンスで囲まれている古井戸は、ジメジメとした空気の中、静かに佇んでいるようにも思える。
井戸の円筒形の先端が地上に飛び出て、子供が腰掛けられるほどの高さになっている。鉄製の蓋が被せられていて、その上にお札が一枚貼られていた。
涅槃さんにフェンスをどかしてもらう。
「じゃあ、剥がしますよ」
「見るからにヤバくないでござるか、この井戸」
「井戸という水気のある場所に封じられた怪異だ。危険かもしれないぞ」
涅槃さんと善次郎さんがそう言うが、話を聞かないことには始まらないじゃないか。祖母の理不尽に振り回された古籠火たちを見ても、封じられたものは一旦解放しなければいけないような気になっていた。思い切って、お札を剥がす。
ペリッと軽い音を立てて剥がれたそれは、バラバラと崩れて灰になっていく。お札がこんなにボロボロだったのは初めてだ。なんだか嫌な予感がした。
その時だった。
井戸を押さえつけていた鉄製の蓋が吹っ飛んだのは。
「匿名殿っ!」
涅槃さんの叫びが聞こえた直後、硬い何かが私を包み込んだ。
そのまま後ろへ跳ぶ感覚。
井戸の蓋が降ってくる。
ガツンと音を立てて地面に墜落した丸い蓋が、弾む。
私を抱きしめる硬いもの……涅槃さんが、上に覆いかぶさる形でうずくまる。
こちらに向かって飛んでくる蓋が。
真っ赤な何かに蹴り飛ばされて、明後日の方向へ転がった。
「怪我はないか、匿名!」
「ぜ、善次郎さんっ……」
毛を逆立てながら井戸を威嚇する化け猫の善次郎さんが、大声で私に呼びかけるのに、涅槃さんが動く。私に傷一つないことを確認すると、すぐさま善次郎さんの隣に立って井戸を睨みつけていた。
涅槃さんにあるまじきシリアスさだ。
「うらめしやあ」
井戸の底から、誰かの裏声が聞こえてきた。
井戸からずるりと出てきたのは、下半身が幽霊のように透けて萎んでいる骸骨だった。眼窩は虚ろで、涅槃さんのような生気が感じられない。
いや、涅槃さんが生き生きしていることの方が変なのだろうけど。
「うらめしやあ、希望栄」
やはりこの妖怪も祖母の被害者か。
そう思って口を開こうとした時だ。
「どうして私を殺した奴を野放しにして、私のことは封じ込めた?」
幽霊のような骸骨が、ぼやくように告げたのは。
「……え……」
「私は狂骨……狂骨のキョウコ……。井戸に突き落とされて死んだ、無念な魂」
怪異の言い分を鵜呑みにするのは危険だ。話半分で聞いた方がいい。
それは分かっていても、狂骨という妖怪の言葉に、うまく声が出ない。
「お主は、いつ、誰に殺されたのだ?」
頭が真っ白になっていた私の代わりに声を発したのは、涅槃さんだった。ハッとして彼の方を見た私は、次に狂骨のキョウコと名乗った妖怪の方を見る。
声からして彼女は、俯きながら呟いた。
「十年前……PTAの会長に……」
十年前。私がまだ、小学校に通っていた時だ。
「うらめしやあ、うらめしやあ、生きている者がうらめしやあ、会長を祟ってしまいたい、地獄に落としてしまいたい」
キョウコさんは嘆く。私は唾を飲み込む。
「……詳しく、聞かせてください」
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