骨なしと骨しかないの | ナノ
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 バンバンバンバン!
 古い家の戸が乱暴に叩かれる。家の住人である私は、この音が大嫌いだった。
「匿名(とくな)さぁん! 希望(のぞみ)匿名(とくな)さぁん!」
 甲高い声で名前を呼ばれて、眉間にシワが寄る。声の主は町内会長の奥さんである。発言力と行動力が半端ではない彼女は、今日も私を外に誘い出そうと張り切って声を上げていた。
 うちは引き戸なのでチェーンロックなんていう便利なものはない。亡くなった祖母から譲り受けた姿のまま使っているので、鍵を開けてしまえば奥さんが飛び込んでくるのは明らかだった。
「希望(のぞみ)匿名(とくな)さん! 今日は町内清掃の日ですよ! お忘れですか? 行きましょう! お迎えにキタワヨォー!」
 キタワヨォ、の部分が完全に金切り声だ。怖い。このままでは壊されかねない勢いで、戸が叩かれ続けている。
 私は渋々服を着替えて、戸の鍵を随分と久しぶりに開けた。
 ……私は引きこもりなのである。

 清掃場所に連れてこられた。近くにある寺だった。軍手と雑巾、それから水入りのバケツが支給され、これから墓石の一つ一つを丁寧に磨くのだそうだ。
 そういうのは住職とか修行中の人たちがやるんじゃないのか。
 そう思っていたら、ボランティアは素晴らしいわぁ! と町内会長の奥さんがオペラよろしく叫び出したので、突っ込む気が失せてしまった。
 とにかく人と関わりたくない。私のパーソナルスペースは家一軒分の広さを誇るのだ。話しかけられるのも嫌だ。面倒くさいし、この高度に発展しつつある社会で無駄なことはしたくない。面倒くさいし。面倒くさいし。
「あらちょっと、希望さん! そっちは駄目よ、お化けが出るって噂よ!」
 町内会長の奥さんが声高く主張する。
「そこの無縁仏の塚だけは掃除しなくていいのよ! 前に杉村さんが触って、お化けを見たって言ってたわ!」
 そうですか、とだけ返した。
 そして無視した。
 お化けがどうとかで、誰も近寄らない塚。これは好都合だ。ボランティアをしていますよ、という顔をして、誰とも関わらずに作業していよう。
 苔むした塚を濡れた雑巾で磨き始める。ボロボロ落ちる苔と泥が、この塚が長い間供養されていないことを物語っていた。住職、何してるんだろう。

 す、と霧が立ち込めてきた。

 ざわざわと町内会役員たちが声を上げている。墓地全体に大きな影が落ちてきて、私はようやく、おかしなことが起こっていると気づいたのだった。
「きゃぁーっ!」
 さっきから率先して甲高い声を上げているのは町内会長の奥さんだ。悲鳴も彼女のものだった。正直言って耳が痛い。
 霧は無縁仏の塚から出ていた。そして、影も。

 無縁仏の塚から、巨大な骸骨がにょっきりと生え、こちらを見下ろしていた。

 ボランティア清掃、中止。皆、散り散りに逃げていく。
 私一人だけが取り残された。
 呆然としている私を見据えた巨大な骸骨が、喉も内臓もないのに、すう、と息を吸い込むのが分かった。
 お化けってこれか。祟り殺されるのか。食われるのか。ああ死んだな。そんなことをぼんやり考えていた、その時だ。
「ありがとうございまぁす!」
 地を震わす大声で、骸骨が感謝の意を述べてきたのは。
「……は?」
「塚を供養してくださり感謝感激でござる! お礼に誰でも殺してみせましょうぞ! さあさあ! リクエストをどうぞ!」
「……は?」
 すごくテンションが高い。
 どうしよう、苦手なタイプだ。

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