骨なしと骨しかないの | ナノ
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のんべんだらり

「は?」
 冷たい声が出た。涅槃さんに苛立った視線を向ければ、うーわ匿名殿怖っ! 目つき悪っ! と若干引かれた。うるさい。
「えっ、怒ってる? 匿名殿、怒ってる?」
「なりませぬ、の意味を説明してもらえます?」
「やっぱり怒ってるぅー。匿名殿ってキレると無言になるタイプでござろう?」
「……説明を、して、もらえ、ますか?」
「あ、はい、ごめんなさい」
 巨大化して服が破れ、一糸纏わない状態のまま私を追ってきた骸骨は、ええとですね、と咳払いをすると、私のことだけを見つめて口を開いた。

「お祖母様やご町内の皆さんと、やってることが一緒ではござらんか」

「……と言うと?」
「だって、ねえ。自分にとって都合の良くない存在を、力ずくで一掃するっていうのは、ほら、思考回路がお祖母様方とほぼ一緒っていう感じで、ござって」
 骸骨なのによく口の中でゴニョゴニョ言えたものだ。
 ……思考回路が祖母と同じ。
 その一言は、私に効く。
 栄とそっくり、という言葉が負担になるのと同じ理屈で、私は心の中にモヤを生み出していた。
 口の端が、ピリリと痛んだ。
 口裂け女のハサミがつけた傷だ。ジワリと口の中に鉄の味が広がって、チリチリとした痛みが居心地悪そうに居座っている。
「……そう、ですか」
 私は、一気に脱力した。
 何でも祖母に絡めてくる周りの存在に辟易していたが、私を私として見ていた妖怪もいたのだ。一人は口裂け女。涅槃さんに食われてしまったけれど。
 そしてもう一人は、その涅槃さん。
 初対面で私の苗字を「きぼう」と読んだ。つまり、祖母や私のことをまったく知らない、私を私としか認識しない、ただの墓掃除に恩義を感じた律儀な骸骨。
「……そうですね」
「左様でござろう? 左様でござろう? ほらぁ、やっぱり! 拙者間違ったこと言ってなかった! 怖ぁ。ビビったでござる」
「何をビビってるんですか」
「いや、だって、めっちゃガン飛ばされてらしたから」
 ガン飛ばされてらしたって、敬語としてカウントしていいのか?
 どうでもいい。
 そう、どうでもいい。
「涅槃さん」
「あ、はい。何でござろう」
「帰りましょう」
「泥田坊の土助殿は?」
「土助さんだけを責めたって仕方ないでしょう。園田さんが田んぼを潰したのが怪異のきっかけだったんですから」
 園田さんが何かを言おうと私の襟を再び掴もうとした時だった。
 涅槃さんが、園田さんの手を叩き落としたのは。
「それが匿名殿の、妖怪との付き合い方、ということで宜しいか?」
「そうなるように口を挟んできた人が今更確認しますか?」
「いや、え、すみませ……そんなつもりでは」
 しどろもどろで、両手で口を覆う涅槃さんを見て、思わず苦笑いが漏れた。
 そうだ、私はのんべんだらりと生きたいのだ。この人たちと同じ土俵に上がってどうする。私は祖母じゃない。それを一番知っているのは、私じゃないか。
「帰ります。涅槃さんに服着せなきゃだし」
「きゃっ、そういえば全裸でござった」
「きゃっとか言うな、気持ち悪い。ただの白骨のくせに」
「ただの白骨はでっかくなりませんーっ! ただの白骨は喋りませんーっ!」
「分かりました、謝りますからムキにならないでください」
 町の人々を置き去りにして、十メートルの彼に運んでもらい、帰路についた。
 人間を裏切るのか、という声が聞こえて、知るものか、と舌を出した。

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