骨なしと骨しかないの | ナノ
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川原の怪

 妖怪たちが私に手を出す理由。そんなこと考えたためしがなかった。怪異たちの殺気がこもった目つきが怖かった。伸ばされた腕に捻り上げられるのが痛かった。その乱暴に理由があるだなんて。背景が存在するだなんて。
「口で言えよって感じなんですけど」
「……まあ、腹いせも含まれてただろうからな。あえて言わなかったんだろう」
「じゃあ分かりませんよ」
 そうだよな、と善次郎さんは言う。私は若い頃を思い浮かべていた。川原を歩いていた時、河童に物凄い力で川に引きずり込まれ、溺れ死にそうになったこと。落ち武者が叫びながら刀を振り回して追いかけて来たこと。赤いコートを着た口裂け女が、私の口にハサミを突っ込んできたこと。
 どれもトラウマだ。絶対許さない。
 しかし……理由が、あるとしたら?
「……家にこもっていても、無駄なんですよね」
「ああ、対応が後手に回るのは危険だ」
「こちらから接触するしかござらぬ」
「……はあ、行こう」
「ああ、行こう」
「そういうことになったでござる」
「夢枕獏やめてください。なんで知ってるんだ」
 私は非常に重い腰を上げた。川原に行くしかない。気はまったく進まないが。
 玄関の戸を開けた。
「あの希望(のぞみ)さんが外に出て来た!」
 町内の皆さんが騒然とした。
「……どれだけ引きこもっていたのでござるよ」

「栄えぇーっ!」
 本日二度目の、栄えぇーっ、である。
 目をつり上げて、河童たちが私に飛びかかってくる。
「ほいっ」
 それを軽々と投げ飛ばしたのは、涅槃さんだった。
 善次郎さんを投げた時と同じように軽い調子で、次々と河童たちを地面に叩きつけていく。二メートル強の体格でも、充分強いのだ。
「ていうか、栄、栄って、間違えすぎじゃないですか」
「妖怪と人間の時間の感覚は違うんだ。成長した匿名が栄にそっくりなもんだから、余計に間違う。俺もその口だった」
 善次郎さんが河童に後ろ蹴りを食らわせて弾き飛ばす。
 私は涅槃さんと善次郎さんに守られながら、河童たちが肩で息をするのを見ていた。力自慢の河童を疲れさせるなんて涅槃さんの体力はどうなってるんだ。
「落ち着きましたか」
「ぜえ……はあ……なんだこの骨……なんだこの、骨」
「初めまして、神戸涅槃と申す、ピース」
「くそっ……ノリが、軽い……ムカつく……」
 わかる。
 けれど、そのお陰で川に引きずり込まれなくて済んだわけだし。
 敗北を悟った河童たちは、私を睨みつけながらも大人しく川原に座り込んだ。
 そして、川を指差して口を開いた。
「栄よぉ」
「匿名です」
「えっ……孫の方?」
「はい。あんたらが溺れ死にさせようとした方」
「大きくなったなあ。栄かと思った」
「用件は」
「ああ、そうだ。さか……匿名。いい加減、川に入れるようにしてくれよ」
 日が暮れかけている川原で、私は首を傾げた。川に入れるように、とはどういうことだ。何も分かっていない私に焦れたらしい河童が、声を荒らげる。

「だからよ、栄が川に木札を投げ入れてからっていうもの、俺たちは痛くて痛くて、まともに泳げやしないんだ」

 私を川に引き込んだのは、それを回収させるためか。

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