宝石少女と箱庭 | ナノ
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無理だ……格好つかない

「うーさん、足いたい?」
「いんや、動かせなくて退屈してるとこだぜ」
「お絵かきしていい?」
「ギプスにか? やめとけやめとけ、画用紙に描きな」
「がようし、もうない」
「かーっ! 紙ってのは高級品なんだぜ? 大事に使えってんだ」
 少女と狸のじゃれ合いを見せつけられている、俺。
 俺からしてみれば、紙以上に高級品であるサファイアやエメラルドをボロボロ落として生きている月見や、それを許容している入院患者どもの方に「大事に使え」と言ってやりたい。
「おじちゃん、紙ほしい」
「ああ?」
「かってきて。紙はねえ、ほーせきとこうかんできないの。あのねー、ばいてんでねえ、おかねでかうの」
 そうか、月見は宝石は出せるが金は持っていないのだ。
 というか融通を利かせて宝石でも買えるようにしてやれよ、病院。今まで散々月見の宝石に助けられてきただろうに。
 そして、金がないのは俺も同じである。薄給の下っ端をなめるな。夜間警備員の方が稼げるくらいだぞ。
「ことわ……」
 跳ね除けようとして、思い出した。
 そういえば、ズボンのポケットに、月見からもらったサファイアが一粒入ったままだった。
「……ちょっと待ってろ」
 俺は立ち上がる。知り合いの宝石商に売り渡して、稼いだ金で画用紙を買えばいいか。画用紙は百円ショップよりも大型スーパーのベストプライス商品の方がいい。
 生活応援プライスに毎度お世話になっている俺が言うんだから、間違いない。

「くーま、くーま、くーまー」
 生活応援プライスで買ってきたコピー用紙の束が、早速色鉛筆やクレヨンの餌食になっていく。おまけに三割引になっていたフルーツヨーグルトも買ってきたせいで、サファイアの代金は残っていなかった。
「おじちゃんヨーグルトありがとう!」
 美味しそうにフルーツヨーグルトを頬張りながら真っ黒なクレヨンでぐちゃぐちゃと絵を描く月見は、山ほど買ってきたコピー用紙を前に上機嫌だ。黒い棒人間のようなものを描いている。
 もしかしてその棒人間、俺じゃないだろうな。
「これ、おじちゃん」
 やっぱり俺だった。
「俺、そんなに黒いか?」
「うん! ごきぶりみたいだよ!」
「ごき……」
 月見に悪気はない。ただ意見が率直なだけだ。
 隣のベッドでガラの悪い狸がゲラゲラ笑っている。
 部屋の奥で河童と提灯が肩を震わせている。
 俺はこの日、上下黒のスーツを脱ぐことを、心に決めたのだった。
 泣きたい。

「月見ちゃん、お元気ぃ? あら、何よこの打ちひしがれてる下っ端は」
 右京の見舞いに来たのだろう。狐の獣人、左京が俺を見てそんなことを言う。
 見れば分かるだろう。
 打ちひしがれてる下っ端だよ。
 狸の獣人である右京が、俺を指差して左京に教える。月見は何が何だか分かっていない表情で、そのやり取りを眺めていた。
 どうせゴキブリだよ、笑え。
「ざまあないわね、輝石会!」
「人のことを輝石会と呼ぶな! 俺は闇原影郎だ!」
「あらあ、名前まで真っ黒だこと! 本当にゴキブリみたいだわ!」
 ああもう、何から何まで格好つかない!

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