くりーむぱん!
俺は、輝石会のボスに頭を下げた。
宝石が取れるからといって、これ以上毟り取るのはやめてやってほしいと、心から頼み込んだ。
「鈴木が無茶なことをしたのは分かっている……だが、輝石会を存続させたい私の気持ちも分かってくれないか、影郎」
「そう言うと思って、持ってきましたよ」
俺はボスの机に大量の宝石をばらまく。月見が流した涙と、汗と、唾液だと、一つずつ説明しながら。あの子は泣いていたのだ。怖い思いをしたのだと、何度も何度も説明した。
ボスである闇原ゲンジは、指を組んで俯いていた。
「ボス……いや、闇原さん。今までお世話になりました」
もう一度、頭を下げる。
養子縁組を解消したのは、直後のことだ。
「……で、再就職先が、こことはな」
未だに慣れない警備員の服。持つのは拳銃ではなく懐中電灯。
「よく似合っておるぞ、影郎」
面白そうに笑う女子中学生……に見える年齢不詳の女、弁才天。
「母さん、からかっちゃ悪いよ」
七神指総合病院の院長は申し訳なさそうに言うと、弁才天に困ったような顔を見せていた。
院長の母親は月見と同じくクリームパンが好きで、婆さんかどうかは分からない……ああ、弁才天のことか、なるほど。いや、なるほどではないな。
「なんじゃ、雇ってやったのじゃから文句は言わせんぞ」
「いやいや、闇原さん……ああ、もう闇原さんじゃないんだっけ、影郎さんだって、仕事を選ぶ権利はあるんだから」
院長がそう言うが、残念ながら中卒の男に選べる仕事はない。
しかし、今まで羨ましいと思っていた鬼たちと同じ給金で雇われることになろうとはな。生活が少しだけ楽になりそうだ。
「じゃあ、いつも通り月見ちゃんがいる病室を見守ってあげてください」
「おい、それだけでいいのか? 病院全体を見回るものだと思ってたんだが」
「輝石会の中で、月見ちゃんが唯一怖がらなかった人だからね。これからも監視をよろしく。クリームパンを買いに行く時の付き添いもね」
院長が微笑みながら言うのに、俺は唖然とした。それで鬼たちと同じ給料が出るなんて、申し訳がない。
病院の時計が昼の十二時を指した。
ズンチャカズンチャカと陽気な音楽を流して、何事もなかったかのようにパン屋のワゴン車がやってくる。
そして病院のロビーには、クリームパン目指して走ってくる、黄色いパジャマの女の子。ツインテールが揺れていた。
「あ! おじちゃんだ!」
「……よう、月見」
月見の付き添いでやってきた狐の左京が、警備員の制服を着た俺を見て、噴き出した。ああそうかい、似合ってないかい。よく分かったよ。
月見は走って汗をかいたのか、額を拭う。サファイアが一粒ころんと落ちた。
俺はサファイアを拾い上げる。
「ほらよ」
そのまま院長にパス。
「おや、影郎さんが持っててもいいんだよ?」
「俺はいい。月見の汗や涙が欲しくて仕事してるわけじゃないからな」
「ふふ、そうかい」
くりーむぱん! と大きな声で注文する月見を見る。
ぴょこぴょこ跳ねて大好物を手にする月見は、左京が支払いを終えるや否や勢いよくかぶりつく。
「おーいしーい!」
山月月月見は、ちょっと珍しい病気の、どこにでもいる女の子である。
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