宝石少女と箱庭 | ナノ
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奪還

 弁才天。あの女子中学生が、弁才天。
 道理で病室の妖怪たちに拝まれている筈だ。口調も古めかしい筈だ。そして病院名。七神指とは、七福神のうちの一柱が座すという意味だったのか。
 弁才天は確か、戦勝神としての性格も持つという。だからか。こんなにも追いつけそうな気がしてやまないのは。

「そこの原付、止まりなさい! 左に寄せて止まって!」

 パトカーから声がする。いや、止まっていられない。
 このままついてきてもらおうか。
 並走する車たちをぐんぐん追い抜き、十字路に出た時だった。
 ガードレールに寄りかかり、酒谷が座り込んでいるのが見えたのは。
 手術痕だろう腹から血が出ている。
 肩で息をしている酒谷は、しかし、俺たちを導くようにまっすぐ左方向を指差していた。まっすぐに、俺たちを見つめて。
「廃工場に! ワゴン車は、廃工場の方向に行きました!」
「ありがとう、酒谷!」
 俺はスピードを上げる。パトカーはついてくる。
 廃工場。
 まっすぐ進めば見えてくる。新し目の工場跡に向かって、前進し続けた。

 原付を放り捨てるように飛び降り、俺と左京と右京は工場の中へ飛び込んだ。無理をさせすぎたか、右京は汗だくでゼエゼエと息をしていたが、今俺たちがやるべきことは月見の救出だ。
 錆びた扉を蹴り破れば、焦った様子でこちらを見る鈴木レオと中年女がいた。
「何なんだよ、お前ら!」
 鈴木の背後には手足を粘着テープで縛られた月見の姿がある。
「おじちゃん! おじちゃーん!」
 山月月月見は俺を見て叫んだ。
 その目には涙が浮かび、ダイヤモンドとなって落ちていった。
 俺は腰のホルダーから拳銃を抜く。ヒョウ柄のシャツの男、鈴木レオに向けて構える。鈴木は一瞬驚いた表情をしたが、俺のことを敵だと認識したのだろう、鋭い目つきで睨みつけてきた。そして。
「おい」
 中年の女に声をかけた。
 女は月見を抱きしめるように抱え上げると、そのまま鈴木の元へよたよたと歩いていく。鈴木はふてぶてしい態度で、女の陰に隠れるのだった。
 月見を盾にして、大の大人二人が笑っていた。
 なんて、卑劣な。
 頭に血がのぼる。銃口を下に向けると、安心したように女が笑い声を上げる。おじちゃん、と月見が泣く。おい輝石会、と化け狸が息も絶え絶えに俺をせっつく。狐が走り出すのが見える。全てがスローモーションに感じられた。
 俺は迷わず鈴木の足を撃ち抜く。
 がん、と激しい破裂と衝突の中間のような音が響いた。
 女は思わず目を瞑って硬直する。その隙をつき、左京が女の顔を殴りつけた。
「ぎゃあっ!」
 鈴木の絶叫など知ったことではない。俺は倒れる女の手から月見を奪い取ろうと走り出していた。拳銃を投げ捨てて、両手で月見を抱きしめる。

 小学生女児は、なかなか重かった。

「よくもこの子に危害を加えたわね」
 男の声をあらわに、狐が唸る。ひいひい息をしながら、中年の女は後ずさり、鈴木が流した血に触れて、絶叫した。
 裏社会の人間に喧嘩を売るからだ、馬鹿め。
 月見を縛っていた粘着テープを剥がしてやる。これでこの子は自由だ。さあ、病院へ帰ろうと月見を見た。そして俺は、呆然とした。
 月見は倒れる鈴木レオの元へ走っていくと、一生懸命に、何度も何度も、唾を吐き出し始めたのだ。
 パトカーのサイレンが、近づいてきていた。

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