影郎の代理
輝石会の朝の会議に一応出て、事務所を辞して病院に向かった。そういえば、ヒョウ柄のシャツを着た男……俺の前任者である鈴木レオの姿がなかったが、どうでもよかった。
「いつもどうも、あの女の子にですか?」
土産にクリームパンを買うと、店員からそう声をかけられて、山月月月見の保護者だと認識されているのを、自覚してしまったからだ。
裏社会の人間としては完全に失格だろう。俺はあの子を見守るだけで、また、あの子の周囲を取り巻く人外たちに振り回されるだけで、威厳も尊厳もへったくれもないのだから。
「参ったな、どうも……」
今からでも威厳、ついてこないかな。
ぼやきながら、俺は原付を走らせていた。
「輝石会の闇原影郎だが」
いつものように受付に向かって告げる。
「あら、闇原さん」
そうすれば、当たり前のように月見の病室へ行く権利をもらえる。
筈だった。
「先ほど闇原さんのお母様と弟さんがいらしてましたよ?」
「俺の……なんだって?」
受付の女によると、弟と名乗る男が俺のことを詳しく語るものだから、すっかり家族だと思ってしまったのだそうだ。
「闇原さんの代理で来た、と言っていましたけど……」
「……おい、それってまさか」
この病院での俺の役目なんて一つしかない。それの代理だと?
俺は思わず走り出していた。
警備員の鬼が何かあったのかと集まり出している。くそ! 鬼たちは新入りだから、事の重大さが分かっていないのだ!
山月月月見がいる病室の扉を力強く開けた。
案の定だ。月見はいなかった。
「いてて……今日もしごきやがる、あの女」
俺の後から呑気に病室へ入ってくるのは左右寺右京だった。トイレから戻ったのだろう、酒谷が点滴スタンドを押しながらやってくる。
「あら、輝石会じゃない」
左右寺左京が、部屋中を見て回る俺に不思議そうな顔をしていた。
「月見はどこだ?」
「あ? 俺らはリハビリに行ってて見てねえぞ?」
「すみません、私もお手洗いに行っていて、目を離してました」
「月見がどこに行くか心当たりはあるか?」
きっと今の俺はひどい顔をしているのだろう。気づけばクリームパンを入れた紙袋がぐしゃぐしゃになるほど手に力がこもっていた。
「……どういうこった、輝石会」
「俺の代理を名乗る男女二名が病院に来たそうだ」
「……それって」
山月月月見の監視の代理。俺に詳しい、弟と名乗る男。そして母親を騙る女。
俺の前任者、鈴木レオ。
そして、指輪をジャラジャラはめた中年女。
その二人が脳裏をよぎった。
「月見ちゃん、ヒョウ柄の服着た男に抱えられて、病室から出て行った!」
突然聞きなれない声がして、病室の奥に目をやった。
「川助が月見ちゃんを助けようと飛びかかったんだけど、蹴り飛ばされて……」
泣きそうな声でそう伝えてくるのは、化け提灯。
見れば、壁に体を預けるようにして座り込んでいる河童の姿があった。
提灯は言う。
「ほんの五分前のことだ、早く追いかけてくれ! おいらたちの恩人が危ない!」
「任せろ! 監視カメラに映らねえ逃げ道なら俺がよく知ってらあ!」
そうして注射やリハビリから逃げていたのだろう、化け狸が頼もしく吠えた。
口裂け女が、点滴を引き抜いたのが見えた。
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