宝石少女と箱庭 | ナノ
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憂鬱

 ボスである闇原ゲンジに呼ばれ、俺は上下黒のスーツに身を包んで、机の前に立っていた。ヒョウ柄のシャツを着て、白いジャケットを着崩している男……山月月月見の監視をしていた前任者も立っている。
「お前たちを呼んだのは他でもない。生きる宝の山に関してだ」
「はあ」
 気の抜けたような俺の返事に、前任者である鈴木レオはニヤニヤと笑う。
「もっと宝石が欲しくなりました? それなら僕が行って、ちょちょっとアレを絞ってきますよ、簡単なことですし」
 黒いツインテールの少女を思い出した。黄色いパジャマ姿で、クリームパンを頬張る、言動が幼いあの子のことを。
 正直、生きる宝の山だとか、そんな呼称はしっくり来なかった。
 山月月月見は、生まれついての奇病で苦労をしているだけの、ただの少女だ。
「いや、流通量に関しては文句はないんだ。質にばらつきはあるものの、それが自然だ。上質なものだけが増えたんじゃ、それこそ市場が混乱するしな」
「じゃあ、何なんです?」
 鈴木が尋ね、俺の養父が答えた。
「そろそろ輝石会も、日本だけでなくアジア全域にまで勢力を拡大しようと思ってな……アレを直接手元に置いておくことはできないかと、相談するためにお前たちを呼んだんだ」
「連れ去ってくればいいんですね?」
「いや、無理だろう」
 乗り気で答える鈴木レオに、俺がぼそりと返す。あ? と血の気が多い返事が聞こえてきたが、無視をした。
「あの病院は九割強が人外で埋め尽くされています。入院してると言ったって、それでも人間より強いでしょう。そいつらはさんが……いや、アレのことを守るに違いありません。アレは以前、誘拐されて売り飛ばされた過去がありますから、人外たちは人間相手に相当警戒心が働いているでしょう」
 何故だか、鈴木や養父の前で「山月月月見」という名を出したくなかった。
 俺のことを「おじちゃん」と呼び、「弱そう」だと称し、最近なんかは物で釣ることを覚えた幼いあの子のことを、知られたくないと思ってしまった。
「ふむ……影郎、お前でも無理か?」
「無理ですね。きっと、無理です」
 こうして、第一回、山月月月見誘拐計画は未遂にもならずに終わった。
 いや、正式に言うならば「山月月月見の誘拐」ではなく、「アレの回収作業」といったところだが。

「……お前、人間なんだよな」
 なんだか憂鬱な気分で七神指総合病院にやって来た俺は、椅子に座って月見をじっと見つめていた。
 アレ、アレと、輝石会では物扱いを受けていた月見は今、ベッドの上で大好物のクリームパンを口いっぱいに頬張っている。口周りは相変わらずベタベタだ。
「ツキミはツキミだよ」
「そりゃ違いない」
「おじちゃんはおじちゃんだよ」
「確かに」
 そんな気の抜けるやり取りをしていると、なんだか輝石会の規模拡大という話がどうでも良くなってくる。
 規模が大きくなれば俺も昇進できるのだろうか。月の収入が増えるのだろうか。オンボロなアパートからおさらばできるのだろうか。
「はあ……」
 悶々と考え続けてため息が出た俺の顔色を見たのか、月見はクリームパンを一欠片ちぎって、俺に差し出してくる。ちぎった部分でクリームを掬い取って、そうして手渡してくる。
「げんきになってね、おじちゃん」
 何故俺が憂鬱な気分なのかの理由も分からないだろうに、月見はクリームパンを受け取った俺の頭を撫でて、おじちゃんはいい子だよ、なんて言ってくる。
 やめろよ、そこまでいい子じゃないんだ。さっきまでお前のことをアレと呼んでいたんだ。宝石の流通を管理して、ほどほどに良い値段になるように手を回してる連中の仲間なんだ。
 なあ月見、お前の病気、治るといいな。なんて、貧乏人は思うんだ。

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