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葡萄酒


 りんごが食べたいと我儘でねだれば、彼女はこの寒空の中、行ってくるよ、と扉を開いた。
 冷たい風が入り込んでくる。
 酒で焼けた喉を豆乳で癒しながら、私は毛布に包まって小さく手を振った。
 彼女が笑って出て行った。

 夜の繁華街で出会った彼女は、ぎらついた目を向けてくる男たちとは違っていた。
 なんというか、ぼーっとしていたのだ。
 会社の同僚に連れられてきたのだろう私の職場でも、彼女はぼんやりと酒を飲むだけで。
 新鮮だったから近づいたのかもしれない。
 隙あらば触れようとする油のような、肉食獣のような客たちの中。
 彼女はふわふわと浮いていたから。
 水のような、草食動物のような……違う、それこそイレギュラーな昆虫のように、マイペースを保っていた彼女。
「私に興味ある?」
 尋ねてみれば
「いや、あまり」
 のんびりとした口調。
 ショックは受けなかった。
 分かりきっていた。
「ご機嫌伺いしないのね」
 そう言えば
「伺って欲しいなら」
 と、そう返されて、あたしは首を横に振った。
 それじゃあ彼女のよさが薄れてしまう。
 何ヶ月もたって、あたしから誘った。
 恋人なんて甘いものじゃないけれど、体を重ねて。

「ただいま」
 彼女の声。
 商店街から帰ってきたのだ。
 彼女はあたしを見て笑う。
「どうしたの」
 尋ねた。
「いや、昔の恋人に出会った」
「焼け木杭にでも火がついた?」
「彼女、結婚するよ」
 吹っ切ったのか。
 なんだか嬉しくなって、りんご、と手を出せば、むいてあげるから待ってて、と彼女。
「さぞ、綺麗な人なんでしょうね」
「見たの?」
「いいえ、あんたが好きになるんだから、あたしと同じくらい美人なんだろうと思って」
 彼女はナイフを握る。
 静かにりんごをむく音が聞こえる。
 やがて、息を吸う音の後、彼女の声がした。

「今は君しか見てないから」

 分かってるわよ。


葡萄酒




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