ひとりで悩んだりしていませんか?
うんうんと唸る君は化粧の仕方も忘れたようで、鏡を見ては不機嫌そうに、不愉快そうに首を傾げるばかりである。
それどころかヒゲも剃っていない。朝から酒に焼けた声で、お水、と機嫌の悪さを隠しもせずに僕をこき使うのだ。
「何か悩み事でもあるのかい」
水と、二日酔いに効く液体飲料を差し出して尋ねてみる。
君は無精ひげをざらりと撫で、僕の目を見つめて、それから視線をそらした。
「何ヶ月の間、君を見ていると思ってる」
「いやあね、本当に人間観察が得意な猫みたい」
「猫は人間の機嫌なんてお構いなしだろうよ」
「なら、あんたはやっぱり化け猫だわね。あたしの機嫌をうかがってくれる猫だもの」
「まだ猫扱いするかね」
君は液体飲料の方を受け取って、ぐびりと飲み干した。今日も夜から店に出るためだ。
ひとりで悩んだりしていないだろうか。
そう心配になって、たまには僕も何かをしてやりたくて、少しだけ勇気を振り絞って声をかけたらこれだ。君は安堵したような顔つきになって電動の髭剃りのスイッチを入れる。
「どうでもいい事だったわ」
「そうやって、いつも僕には何も教えてくれない」
「猫が理解できる話じゃないのよ」
「君いわく僕は化け猫だそうだから、理解はできるやもしれないよ」
そう、理解はできるやもしれないのだ。
気が利いた一言が出てこないだけで。
黙々と小説を書くのが精一杯な僕は、君に何かときめくようなことをしてやれただろうか。君が求める優しい言葉をかけてやれただろうか。
「言葉を話せる猫が家にいるのっていいわね」
僕を人間扱いしない君は、きっと君自身のことも人として扱っていないのだろう。
それが君の逃げ道ならば、僕は協力しようと思う。
「にゃあ、とでも鳴けばいいかい」
君が何かしらを発散できますようにと願いをこめて、そう問いかけた。
そうしたら、君はからからと笑った。
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