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いまでも覚えていますか?


 枯葉が煩く舞う秋の中ごろ、ゴミ捨て場に捨てられていた僕を、君は覚えていますか。
 酒に酔っていたわけでもなく、喧嘩に負けたわけでもなく。
 猫に餌をやっていた僕を、君がそう形容したのを覚えていますか。
 ゴミ捨て場に座り込んで猫に缶詰をくれてやっていた僕を、あら捨てられてる、と言って拾ったのは君です。

 そこまで書いて、便箋をくしゃくしゃに丸めた。
 今思い出してみても、あれほどムードのない出会いというのはないだろう。それくらい、あっさりと、そして下らない出会い方をしたのだ。
 便箋だった紙くずをどこかへ放り投げて、僕はパソコンに向き直る。今月末が締め切りの小説が、あと数行で完成するところだった。
 あと数行。
 その数行が出てこない。
 だから暇つぶしにと手紙を書いてみることにしたのだ。何かひらめきでもあれば、と。
 ひらめきどころか、過去の記憶に苦笑いが零れた程度だったが。
「ただいまぁ」
 君が帰ってくる。
「やだ何これ汚い! あのね、ごみが出たならゴミ箱に! これ常識でしょ!」
 ドアを閉めるなり怒り出した君は、手当たり次第に紙くずを拾い上げてはゴミ箱へ捨てていく。
「悪いね。締め切りが迫るとどうにも視野狭窄していけない」
「本当よ。あんたはいつもそう」
 くしゃくしゃと紙を伸ばす音が聞こえる。君はいつも、そうやって人が書いたものを勝手に読み解く癖がある。
 それをよそで口外しないのがせめてもの救いだ。
「……覚えてるわよ、ちゃんと」
 君は呟いた。
 僕の背中で呟いた。
 どうやら手紙を広げられてしまったようだ。参った。それは計算に入れていなかった。
「……そうかい」
 ようやっと、それだけを返すと、僕の指はするすると文字を打ち始めた。
 足らなかったのはインスピレーションではなく、君との対話だったようだ。
「あたしが拾った、あたしだけの猫よ、あんたは」
「こんなに大きな猫がいたものかね」
「いるのよ。あんたは化け猫。世間に適応できない、人に化けた猫よ」
「酷い言いようだ」
 こうして二人は夕日を見るために丘へ……ああ、なんていうことだ、先ほどまで詰まっていたアイデアがむくむくと湧き上がってくるじゃないか。パソコンがせわしなく音を立てる。それを見て君が肩を竦める。
「餌の準備でもしてあげましょうか?」
「ふふ、頼むよ。朝を抜いてしまってね」
「やぁだ、ちゃんと食べなさいよだらしない」
 ゴミ捨て場に捨てられていた僕は、この家の中で物語を紡ぐ飼い猫となって、君の帰りを待ち続ける。
 酒に酔うでもなく、喧嘩するでもなく、君の平穏を守り続ける大きな猫として。

 いまでも覚えていますか?
 僕が君に始めて出会ったとき。
「なら拾ってみませんか」
 と挑発の一言を放ったのを。
 それに君が、笑ったのを。




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