ドッペルゲンガー
あなたは誰、と訪ねると、あなたは誰、と返される。
私は私、と答えると、私は私、と返される。
こだまではない。目の前の、自分とそっくりな相手が言うのだ。
ドッペルゲンガーではないか、と勘ぐった。確かこれに出会うと死んでしまうとか何とか。死ぬのは嫌だとうっすら思った。
目の前の相手は、私に向かって言う。
「お願い、やめて」
時刻はあと五分で十二時だ。
目の前の人物が何を言っているのか分からない。何をやめろというのだろう。
ドッペルゲンガーが何を言っているのだろう。
私は死にたくない。このまま目を閉じてしまおうか、逃げてしまおうか、考えているうちにある案を思いついた。
ドッペルゲンガーのほうを死なせてしまえばいいのだ。
「お願いだから、やめて」
そこで私は理解した。
このドッペルゲンガーは殺されることを予感して命乞いをしているのだと。
そうはいくか。私は生きるんだ。
十二時ちょうど。
私は車道にドッペルゲンガーを突き飛ばした。ちょうど乗用車が通りかかるところだった。
振り返ると私に似た誰かがいた。
「あなたは誰」
そう尋ねられて、私は思わず
「あなたは誰」
と返してしまった。
「私は私」
その答えに、私もつい
「私は私」
と要領を得ない返し方をしてしまう。
時計を見た。
あと五分で十二時だった。
確か、私は十二時ちょうどに自分のドッペルゲンガーを死なせたはず……。
そこで、気づいた。気づいてしまった。
「お願い、やめて」
そんな言葉が、思わず口をついて出た。
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