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摂氏三〇度


 カスミとは幼馴染だ。十ほど年が離れているが、いつも一緒にいた。
 日の光に当たったことがないとでも言うような白い肌がとても目立つ男だ。
「ねえ、喉が渇かないかい?」
 カスミが照りつける太陽を睨みながら私にそう言った。
 画材の買出しの途中だった。
「家に着いたら冷たい茶でも入れよう」
「今、何か飲みたいんだよ」
 カスミは我侭な男である。大人であるのに、こうと決めたら聞かない。私はため息を一つ、彼の頭に被せた麦藁帽子ごと頭を撫でる。
「辛抱しろ」
 嫌だね、と高圧的な物言いが返ってきた。
「お前はどうにも衝動的すぎる。それが画家として良い方に向かっているのは分かるが……もう少し我慢というものをだな」
「君みたいに生まれつき我慢できる体質じゃないんでね」
「いい大人が屁理屈を言うな。笑いの的だぞ」
「なに、誰も見ちゃいないさ」
 セミとキリギリスの鳴き声が混じった昼下がり、隣り合って歩く男二人というのも暑苦しいだろうか。
 着物を着た細身の男、カスミは、私の顔をじっと見て再び尋ねてくる。
「ねえ、喉が渇かないかい?」
 もうすぐ家に着く。それまで我慢してもらうしかない。自動販売機の売り物は存外高いのだ。
 無視してただ歩いていると、やれやれ、と呆れたような声が聞こえてきた。
 カスミは我侭な男である。
「タイジュさん」
 呼びかけられて、振り向いた。画材をめいっぱい抱えながら、カスミが此方に小走りで寄ってくるところだった。
 彼の茶色くしっとりした髪が、私の黒くぱさついた髪に触れる。
 背伸びをした彼の唇が、立ち尽くしていた私の唇にそっと触れた。

「本当は、喉の渇きを口実に中まで味わいたかったんだけどねえ」

「……家の中だけにしろと教えたはずだぞ」
「なに、誰も見ちゃいないさ」
「もう少し我慢をだな」
 彼が通り過ぎていく。小ぢんまりとした家の鍵を開けて、振り向いて、私に向かって言う。
「僕はどうにも衝動的すぎるんだろ?」
 その小憎たらしい笑顔に、私は何も言えなかった。
 冷たい茶が必要なのは、寧ろ私のほうかも知れない。




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