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半分の豊さえ手に余る


「あたくしでございますか」
 嫌に丁寧な話し方をする男性だと思った。ユニセックスな服装は少しダボついている。私よりも背は高く筋肉もついているのだろうが、身動きひとつがなよ竹であった。噺家であろうか、独特の間合いで喋る。
「あたくしは女好きでしてね」
 彼の長いカーディガンがやや揺れる。
「豊島は昔から女との色恋が絶えなくてな」
 豊島というらしい彼は、諸先輩方からのからかいに口元だけでニコニコとした。彼の長いカーディガンがやや揺れる。
 ここは社交場である。いわゆる合コンというやつで、男の席に彼はいたし、女の席に私はいた。豊島さんが女好きだとわかり、女子陣は色めいた。
 私は余計な肉のついていない豊島さんを見て目線をそらす。体を鍛える趣味がある私にとって、体から肉を削ぎ落とそうと躍起になっているかのような彼の体型は見るに絶えなかった。
 何やら、違和感があった。

 合コンを終えて周りを見る。連絡先を交換しているようである。興味もないので、背を向けた。
「佐伯さん、でしたよね」
 しなを作った声色が背中にかけられる。振り向いて声の主を確かめれば、なよ竹の豊島さんである。ゆるく波打つショートボブが明るい茶色で、烏の濡れ羽色の癖っ毛である私とは、対照的だった。
「いかにもそうですが」
 文学をこじらせたセリフを吐いて、向こうの出方を伺う。
「楽しくございませんでした? ずうっと、明後日のほうを睨みつけてお酒をたしなんでらしたから」
 口元だけでニコニコとする豊島さんは下がり眉でこちらを見ていた。ご機嫌を伺いにきたのか。ご苦労なことだな。
「なに。私は数合わせの地蔵にすぎません。気を遣っていただく程の者ではないのですよ」
 この合コンも女友達の奢りであって、タダ酒を飲めるというから来ただけにすぎない。用を終えたら帰るのみ。小説の締め切りが近づいていた。
「あなたは良い」
 豊島さんは唐突に口を開いた。感嘆のため息とともに吐き出された言葉に、私は何の話だと訝しみ、彼のほうを目だけで見る。
 嬉しそうである。
「あなたからは性の匂いがいたしませんで。あたくしに興味がございませんのでしょう? 腹の中を探られずに済む方は、心地ようございます」
「妙な語り口調ですな」
「それはお互い様ではありませんか」
 なるほどたしかに。
 私は体こそ女ではあるが、心の中はまったくの無性別を貫き通していた。無だ。
「あたくしねえ」
 豊島さんが私の耳元で囁く。
「心が女なのでございますよ」
「ほう」
「それでいて女好きなのでございます。皆さまには秘密になすってくださいね」
「興味のないことを言いふらす趣味など持ち合わせておりませんので」
「心強い」
 誰にも言えぬというのは、疲れるものなのだろうか。
「ならば言いますが、私に性別などありません。性の興味もありません」
 男のふりでユニセックスを振る舞い、なよ竹でも許されるようキャラクターを作り上げた豊島さんへ告げ、私はその場を辞した。

「今夜、そちらへ飲みに行ってもようございますか」
 メッセージが届くようになったのは三日後のこと。
 好みの女性に逃げられるたびに、豊島さんは私の家に上がり込んで酒を呷るようになっていた。甘い味の缶チューハイが好みだというので、買い溜めをしてやるようになってしまったのは、良い変化ではないだろう。
「弱味を見せても付け込まない佐伯さんは、あたくしのオアシスですよ」
 原稿の邪魔である。
「男のふりをして女を狙うからうまくいかんのです。素を見せてやりなさい」
「あたくしの素。酒を飲んで管を巻いて、それから、ストッキングを脱ぎ散らかす?」
「どう頑張ってもモテそうにない」

 豊島さんが言うところのオアシスにあるこたつに足を突っ込み、彼女は目までをニコニコと歪めて笑った。
 性に興味のない私に、よくもまあ色恋の話を持ち込んでくれるものだ。
「豊島さんのお陰で恋愛描写が上手くなったと担当さんから褒められましたよ」
「あらぁ、それでは原稿料を半分ほど頂戴しても?」
「嫌です」




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