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のうのうと脳


 下水道に潜む半魚人の動向を犬に伝えたのも私ならば、今こうして病室に繋がれている彼女を観察しているのも私だ。彼女はしきりに何かを喚いている。病室の窓は閉められていて、彼女が何を言っているのかは分からないが、おそらく半魚人のことを叫んでいるのだろう。医者が呆れ果てていた。
 空を行く無数の仲間に鳴き声で経過を伝える。彼女は真実を喚いているが、その真実とは常識を生きる者にとってなんらかを失調した妄言にしか聞こえないのだと。
 仲間たちは笑い声を挙げて飛んでいった。大方、彼女の友人に飼われ始めた犬のところにでも行くのだろう。そうして伝えるのだ、彼女のことを。
 犬は笑うだろうか。
 あれで少しは情のある奴だ。いくらかは哀れむに違いない。
 あの犬の散歩コースで知り合った私だが、気味が悪いという理由で彼女に蹴り飛ばされそうになった時、犬がすまないと謝ってくれたのだ。きっと犬は慈悲深い性格だ。だからこそ、彼女を病院に縛りつけ、あの偏執狂のような性格を直すまで家に入れないよう仕向けたのだから。

 私が知っている半魚人のことについて、いくらか語るとしよう。
 あれは元々、ただの弱った熱帯魚だった。たしか小型のピラニアだったはずだ。そう犬から伝え聞いている。流行遅れになったあれは下水に捨てられて半死半生だったのだ。
 あれは生き延びたい一心で魂を食らった。
 何の魂かといえば人間の魂だ。でなければ半魚人になどなるはずがないだろう。
 その人間の魂もまた業が深いもので、彼女を経由して我々と繋がっているのだった。

 ああ、彼女の頭に電極が貼り付けられていく。
 脳は正常か調べるに違いない。
 ベッドにくくりつけられた彼女が何かを叫んでいたが、たぶん鎮静剤だ、それを首に打たれてだんだんと元気がなくなっていった。
 そうやって手前勝手な気質が治るまでそこにいればいい。のうのうと白い箱庭に守られて、少し大人しくなればいい。
 私を蹴り飛ばそうとした、あのどうしようもない気性を、直せばいい。
 無数の仲間に伝えると、そうだそうだと彼らは笑った。空が我々の声で埋め尽くされた、赤い赤い、夕方のことだった。




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