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 燕尾坂を上りきり、バラの蔦が絡みつく家屋の庭に出た。アリスは燕尾服をぱぱっと手で払い、ホコリを落として胸を張る。
「誰かおるかね」
 その声に、のそりと動く青い影があった。
 巨大なコイが泳ぐ池が片隅にあり、奥にそびえる日本家屋へは白い飛び石が連なっている。飛び石と池を内包するだだっ広い庭には大きな机と何脚もの椅子が並んでいた。
「いよぉ、今日もアリスが来たか」
 一つ目がぱちくりと瞬きする。全身が真っ青な僧の姿をしたそれは、青坊主と呼ばれる妖怪である。
「大方、あの野郎は来るのを面倒がったのだろう」
 椅子に腰掛け緑茶をすするのは、真っ黒な霧状の体を人の姿に保っている黒坊主。
「だんご食べる?」
 黒坊主の前に座っている、ゆで卵が白い着物を着ているかのような妖怪……白坊主は、アリスに向かって食べかけの団子を差し出していた。
「頂こう。それがこの茶会の流儀だというなら」
「流儀じゃない流儀じゃない。食べかけを食うな」
 どうやらこの狂った茶会は狂っていない者がいるらしい。黒坊主は至ってまともなことを言うと、白坊主に団子をきちんと平らげるよう指示した。
 青坊主は緑茶を入れる。アリスが椅子に腰掛けるのを見届けると、饅頭と羊羹を差し出してきた。
「饅頭怖いという落語は知っているか?」
「知らない。この茶会と何か関係があるのか?」
 金髪碧眼で燕尾服を着たアリスが首を傾げる。
「関係ないから話題にするんだ」
 青坊主が笑って手を振った。
「何の関係もない話をしながら茶を飲むのさ。河童の奴はそういった近所付き合いが苦手だからいけねえ」
「私が代理で来た。許してやって欲しい」
「これは一本取られたな。皆勤賞のお前さんに言われちゃ許さないわけにいかないじゃないか」
 日本家屋からは時折がらがらと何かが崩れる音がした。そういう音の化け物もいるものさ、と青坊主が笑うので、アリスはそういうものなのだと理解した。
「そういえばアリスよ」
「どうした、黒坊主」
「猫がお前を呼んでいた」
 霧状の体を揺らめかせ、黒坊主はそれだけを言うと茶をすする。
「そうか、ありがとう。後で出向こう」
 奇妙な茶会に皆勤賞のアリスはそう返すと、茶と茶菓子を口にして、隣にいる白坊主が話す首のない馬の話に聞き入った。
 こんなにも楽しい茶会だというのに来たがらない河童はどうかしていると内心呟きながら。
 河童は短気だ。短気だからこそ、ここでゆっくりしているわけにいかないのだ。
 アリスはそういった事情を、何となく知っている。




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