コモリとダイ/人里と獣
【コモリとダイ】(280字)
小筆に墨をつけて、和紙の上を何度も細く細く往復させる。目の前の引きこもりは今、私の似顔絵を描いているのだった。
「ダイさん動いていいよ、硬直されてるとやりにくい」
図体が大きいからダイさん、と呼んでくる引きこもりのコモリは、私が肩をぐるぐる回すのを見ながら小筆を細かく動かしていた。
「四十のおじさんなんて描いて楽しいか?」
コモリに尋ねると、人付き合いが苦手な彼はちらりと此方に目を向けて、目を伏せた。
「楽しくない」
「なら、どうして?」
「落ち着くんだ」
たまには客を招こうか、と聞くつもりだったが、やめた。引きこもりの人見知りが落ち着ける場を奪ってはいけない。
【人里と獣】
「これで美味いものでも食べなさい」
叔父に渡された万札の束は、桜の葉へと姿を変えていた。狸に化かされたのだと知った。
叔父に化けた狸は私の事を笑っているだろう。葉を塩漬けにしながら思う。
桜の花びらのようなピンク色の餅を塩漬けした葉で包んで、食べた。美味い。
今度は柏の葉が欲しいな。
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