シノブくんいわく
頑張れ。諦めるな。耐えろ。本気でやれ。
自分自身にそう言い続けて来た。折れたら負けだ。逃げたら負けだ。頑張らなかったら負けだ。
一体、何と戦っていたのだろう。
たまりにたまったストレスは、私の心臓を食い荒らして、悲しみしか残らない脳みそを置いていった。
……精一杯、やったつもりだったのになあ。
「疲れたら休むのは基本でござるぅ」
寝室で横になっている私の隣で、シノブくんは携帯ゲームをしながら言った。それ、私のゲームなんだけどなあ。やってなかったけど。
楽しそうに遊んでいるシノブくんは、時々ゲームのネタバレをしようとしてくるから、私は必死で止めている。
「そういえば……シノブくんはどんな仕事してるの?」
「忍者を少々」
「ふざけてないで……本当に何の仕事してるの? いつも家にいるから気になって」
「まあ、正直言うと在宅ワーカーというやつでござるよ」
携帯ゲームを手放さないシノブくん。私のはとこだ。事情があって家で預かっている。
シノブくんの稼ぎでこの家の家賃はまかなわれている。そんなシノブくんは言うのだ。
「人生、何をやったかではなく、何をやらなかったか、の方が大事でござるよ」
「何を……やらなかったか」
「そうそう、ああすれば良かった、とか、あれしないでよかったなあ、とか、そういう、やらなかったことが人生にスパイスをもたらすのでござるー。おさるー。バナナでござーる」
何をやらなかったか、ねえ。
私は考える。ベッドの上で、私の人生を。
仕事を一生懸命してきた。課題には真剣に取り組んだ。学生の頃は運動も勉強もどちらも必死で食らいついていた。子供の頃から大人のいう事をよく聞いて、礼儀正しくしていたつもりだ。
……ああ。
遊び足りなかったのかな。
手を抜かなかった。
それが、私のやらなかったことだ。
「……今になって手を抜いたら、生活できなくなってしまうからなぁ」
「なんで? 俺が稼いであげるのに。で、ござる」
「……なんでさっきからござる口調なのか知らないけど、君にそこまでしてもらう訳にはいかないよ」
「一回やめてみてはいかがでござる? 頑張るのを、やめる。で、やめるのに疲れたら、やめるのをやめる、と」
ござる口調のシノブくんは、携帯ゲームから目を離さないまま私に言った。やめる。その一言がシノブくんにとって酷く簡単なものであることに驚き、そして納得する。
シノブくんも何かしらをやめて、そして、やめることをやめて、生きてきたのだろう。
「ござる飽きたからやーめた。今日は俺が食事作るし、風呂も沸かすから、楽にしてていいよ」
ほら、今ござるというのをやめた。
「……うーん、やめる、か」
すごくすごく難しいことを言われたけれど、やめることに慣れる必要が、あるのかもしれないな。必死でしがみついて体のあちこちを痛めてしまうより、思い切って手を離す。そんな勇気が、いるのかもしれない。
「今日カップラーメンでいい?」
「ふふっ……じゃあお惣菜を買ってきて」
「任せろ」
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