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空飛ぶカブ


 カブ農家の伯父から聞いた噂話に、大変興味をそそられた。なんでも、I峠には空を飛ぶカブが出るらしい。
 その話をしていた伯父の顔色は何故か優れなかったが、僕は葉っぱを羽代わりに飛行するカブを思い描くのに夢中で、伯父の様子などまるで眼中になかった。
「空飛ぶカブ、見てみたい!」
「馬鹿いうな、縁起でもない」
 そりゃあ、農家からしてみれば、空を飛ぶなんて収穫しづらくて縁起でもないだろうけど……。
「I峠には行くな」
 伯父は僕にそう言った。
 だが僕は言いつけを破り、こっそり自転車でI峠まで行っては、うるさいバイクの音を聞き流しながら空を見上げた。カブの葉っぱすら見られない、とても期待はずれな結果に終わったが。
 I峠への興味はすっかり失せて、僕は大人になっていった。伯父の家はいとこが継いで、今でもカブ農家を営んでいる。
 いとこが免許を取るというので、僕も同じく免許をとる事にした。伯父の強いすすめで自家用車の免許を取った僕といとこは、記念にどこかドライブにでも行こうという話になり、久しぶりにI峠へ行くことになったのだった。
「あの、バイクがうるさい峠だろ?」
 僕が尋ねると、いとこが言う。
「流石に自家用車と張り合う馬鹿なんかいないだろ」
 それもそうか。同意してI峠に向かった。
 向かわなければ良かった。
 自家用車と張り合う馬鹿がいたのだ。
 バイクに煽られて道を譲ると、今度は前方の奴らに蛇行運転をされて我慢の限界だった。一度車を停めて、うるさい奴らを流すことにした時だ。
 調子に乗った原付がスピードを上げて。
「嘘だろ……カブが」
 いとこの言葉と、ガードレールが突き破られる光景に、僕は伯父の言っていた内容を思い出していた。
 ……ああ、確かに縁起でもない。
 空飛ぶ、カブなんて。




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