大根/僕と握手/振り返り、無音
【大根】
大声で言おう、羨ましい! と。
私には才能も特技もないが、ここの畑にやって来た。するとどうだ、才能も特技も有り余った人々が畑を耕し、見事な作物を育てているではないか。
これは大変、私も育てよう。水をやって土を耕した。できたのはセクシーに捻じ曲がった大根だった。
周りが酷く羨ましい!
【僕と握手】
手が埋まっていた。手首から先だけ。
それは掘り出した途端カサカサと動き、指の力だけでどこかへ走り去ってしまった。
「嘘だあ」
君は笑って僕をからかうが、本当に見たんだ。手と手が合流して、がっしり握手までして、夫婦になったのを。
「じゃあ私たちもなる?」
君が手を差し出して笑っている。
【振り返り、無音】
鏡を見て、可愛い、可愛いと呟く女がいた。そんなに自分がかわいいか、と苦い顔をしていると、今度は男が鏡を覗き込み、可愛いなあ、と一言。
どんなにかわいいものが映るのだろうと僕も覗き込むが、古びた景色以外何も映っていなかった。
鏡には三十年前、と書かれている。
ああ、僕は映らない筈だ。
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