×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

百合の傍らの葡萄酒


「ねえ」
 うさぎの形に切ったリンゴをかじりながら、彼女が言う。
「この切り方、どこで覚えたの?」
 嘘をつく必要もない。
 私はゆっくり彼女を見て正直に答えた。
「前の恋人から教わった」
「でしょうねえ」
 それでも彼女は上機嫌な様子を崩さない。
 何か楽しいことでもあったのだろうか。
 酒焼けした喉から出る声が、私には妖艶に聞こえた。
「それが、あんたの痕跡なんだから、あたしはそれでいいの」
「痕跡……?」
「そう、今まで生きていた痕跡」
 うさぎのリンゴが彼女に食べられていく。
 過去の恋人の思い出が食べられていくようだ。
 けれど悲しくはない。
 恋しくもない。
「私も、前の恋人も、前に進む」
「そうね」
「私は君と進むことを選んだだけ」
 ええ、と彼女が頷いてくれる。
 だから私はまぶたを閉じた。

 そう、それがあんたの痕跡よ。
 あたしは豆乳を飲んでリンゴをかじる。
 酒で焼けた喉に優しいものばかり。
 その優しさの中には勿論恋人のこの人も含まれてる。
 前の彼女の痕跡を残したまま、この人はあたしの元へ来た。
 前の彼女の痕跡を消さないまま、この人はあたしを選んだ。
 それがどれほど嬉しいか。
 今までを否定しないで、これからを選ぶ恋人の強かさを、どれほど心強く思ったか。
「私は君と歩むことを選んだだけ」
 目を閉じて言う恋人に、あたしは唇を重ねた。
「どれだけ一緒に歩めるかしらね」
 尋ねると
「君が飽きるまで」
 そんな事を言われるものだから、笑ってしまった。
 当分飽きないわ。

百合の傍らの葡萄酒




*back × next#
しおりを挟む