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理性バーサス本能

 ミライ・ミイラさんの腕が飛ぶ。ロケットパンチは陰陽師ゾンビを弾き飛ばし、少しずつ戦力を削っていた。
 鎧武者エックスさんは力を込めて矢を放つ。乱れ打ちは壮観で、陰陽師シリーズのロボットたちをまたたく間に機能停止させていった。
「ミライさん! 鎧武者さん!」
 上空から声。見上げればそこにいるのは、カエルの着ぐるみを着て、白い翼を背中に取り付けたVtuber、大天使キグル・ミカエルさんだ。彼は両手にビームサーベルを抱えていた。ミライ・ミイラさんからの連絡を受けて、急いでエックスオー研究所まで、武器となるものを受け取りに行っていたのだそうだ。
 さすがは空飛ぶ配達人だ。
 キグル・ミカエルさんがビームサーベルを投げる。投げられた二本のそれをミライ・ミイラさんが受け取る。キグル・ミカエルさんは翼をはためかせ、僕のもとまでやって来た。
「激辛フラペチーノさんは早く避難して! ゾンビ化して思考が単調になってるからって、陰陽師ロボットは人間より強いんだから!」
「で、でもミライ・ミイラさんは陰陽師ゾンビに立ち向かってますし……」
「ミイラさんは陰陽師ロボゾンビと対等の強さだから立ち向かえてるの!」
 両腕をロケットパンチが放てる義手にして、ようやく陰陽師ゾンビ一体分の強さなのだという。ビームサーベルを装備したので戦闘能力は底上げされたことになるけれど、それでも鎧武者エックスさんよりは弱いのだと、大天使キグル・ミカエルさんは言った。
「俺も戦うけど! それでも、この陰陽師シリーズの数じゃあ分が悪いわけ! だから激辛フラペチーノさん、ひどいことにならないうちに逃げて!」
 キグル・ミカエルさんは、陰陽師ゾンビを一体掴むと、空高くまで上昇。直後に地面まで急降下して、陰陽師ゾンビを他の数体に向かって叩きつけ、まとめて気絶させていた。
 たしかにこの数だ。僕には何もできない。
 鎧武者エックスさんの放った矢が、大雨のようにあたりに降り注ぐ。「篠つく雨」が炸裂し、ゾンビと化したロボットたちが次々に倒れていった。
 なんとなく、ミライ・ミイラさんの言葉が理解できた気がした。

『エックスオー研究所が開発したメカは、あのロボットに特攻が入るんだよ』

 陰陽師シリーズのロボットは、そもそも撮影用に作られた量産型だ。戦い向きではない。セキュリティが脆弱なせいでコンピュータウィルスに感染してしまった、頭の痛いところがある。
 それに対して、鎧武者エックスさんやキグル・ミカエルさんたちのパーツは、コンピュータウィルスに対して、きちんと防御機能があるだろう。
 鎧武者エックスさんは、陰陽師ロボットを止めるために開発された、専用の戦闘機といっていい。ミライ・ミイラさんのロケットパンチはどうなのか分からないが、陰陽師シリーズのロボットたちと比べると、セキュリティと戦力が上だ。
 特攻が入る。
 戦うことを前提に作られた鎧武者さんのほうが、ある程度有利……。
 そこまで考えていた僕の足元に、ビームサーベルが転がってきた。
 ミライ・ミイラさんの手から弾き飛ばされたようだった。
 僕は急いでビームサーベルを拾う。早くミライ・ミイラさんに渡さなければ。そんなことを考えていた。早く避難してくれ、と大天使キグル・ミカエルさんに言われたことは、すっかり忘れていた。
 陰陽師ゾンビが、僕を見る。
 敵意がこもった視線だった。

 鎧武者エックスさんには、アンチウィルス信号が組み込まれている。

『お主も拙者のそばにいると、巻き添えで狙われることもあろう』

 いつだったか、鎧武者さんに言われたセリフが、頭の中でこだましていた。

 ビームサーベルを振るわなければ。
 でも、どうやって。
 僕は、誰かを斬りつけたことなどない素人だ。
 咄嗟にビームサーベルを空に投げていた。
 キグル・ミカエルさんがキャッチしたのが見えて、安心した。
 直後だった。

 陰陽師シリーズの振り上げた拳が、僕の左胸を強く打ち付けたのは。

「フラペチーノ殿!」
 鎧武者さんの声が聞こえる。陰陽師ゾンビの数は、あと三百体かそこらのように見えた。頑張って……鎧武者さん……もう少しです。それさえ伝えられずに、僕の意識は真っ暗闇に落ちていった。

「……ここは、どこだろう?」
 丸い筒の中で目が覚めた。僕の意識が覚醒していくのと同時に、筒がプシュウと音を立てる。筒状の機械は丸太のように横向きに転がっており、僕は寝かされていたようだった。
 ……ああ、そうだ。
 僕の家のリビングだ。
 鎧武者エックスさんの、充電および回復マシンなのだ、これは。
「激辛フラペチーノ殿!」
 酸素カプセルのような機械を開けて僕を覗き込んでくるのは、鎧武者エックスさんだ。体に細かい傷がいくつもできていた。
「陰陽師ゾンビは……?」
「すべて倒し申した。これで倒した総数は五千五百体。半分以上は無力化できたことになりまする……が……」
 鎧武者エックスさんが言葉に詰まる。そんなに倒せたのなら、喜ぶべきことじゃないか。どうしてうつむくのだろう。
 ゆっくりと起き上がった僕は、キグル・ミカエルさんとミライ・ミイラさんが、こちらを見ていることにようやく気づいた。二人とも心配そうだ。
 白銀の西洋の甲冑をモデルにした騎士・ゼットは、いつものやかましさはどこへやら。なぜか片方の腕がない状態で、僕を見つめている。
 陰陽師ゾンビの一撃が左胸に直撃し、意識を失った僕。
 なぜか上半身が裸になっている僕の左胸には、何らかの手術痕が見えた。
「え? これは……?」
「……ロボット用の回復マシンで回復したことからも、お察しいただけるかと」
 心苦しそうな、鎧武者さんの声。
 時計を見れば、すっかり深夜を指していて。
 いったい何時間、意識を失っていた? その何時間の間に、何が起きていた? ロボット用の回復マシンで目を覚ました僕は、つまり?

「……心停止、しておったのでござる」

 鎧武者さんが、話し出す。
「陰陽師ロボの戦力は、一般の人間よりも強い。ゾンビと化し、理性を失ったそれの一撃は、ただの人間……お主の心臓を止めるのに、充分な威力がござった」
 鎧武者エックスさんは、ミライ・ミイラさんとキグル・ミカエルさんに頼んだ。僕をエックスオー研究所に運んでくれるよう。
 キグル・ミカエルさんは全速力で飛んだ。ミライ・ミイラさんや騎士・ゼット、そして鎧武者エックスさんはそれを追いかけながら、陰陽師ゾンビたちを倒していったそうだ。途中、騎士・ゼットの左腕が陰陽師ゾンビによって切り落とされたらしい。
 騎士・ゼットは叫んだ。
「私の腕をそいつに使ってやれ! 最低限の動力は生きている!」

「……つまり、騎士・ゼットの左腕を再利用した人工の心臓が、激辛フラペチーノ殿……お主の胸に埋まっているのでござるよ」
 エックスオー研究所で行われた緊急手術。僕がきちんと目を覚ますかは、五分五分の確率だと言われていたのだそうだ。
「まっこと、申し訳ない」
 鎧武者さんは頭を下げる。
「拙者は……大切なものを守れなんだ」
 僕は。
 僕は。
「……逃げなかった僕が悪いんですよ」
「何をおっしゃるか。あの数を目の前に、お主の逃げ道一つ確保できなんだ拙者にこそ責任が……」
「鎧武者さん、撮影はしていましたよね?」
「は……?」
 僕の頭の中で、情報が急速に回っていく。こうなった僕は、何をすればいい? どうしたら鎧武者さんの力になれる? 騎士・ゼットの左腕によって生かされた僕に。エックスオー研究所がなければ死んでいた僕に。
 果たして何ができるのか?
「僕が陰陽師ゾンビに襲われた動画を、利用しましょう」
 左胸が、つきり、と痛んだ。
 僕には僕の、僕なりの、戦い方があるのだった。

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