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ミイラバーサスミイラ取り

 騎士・ゼットは陰陽師ロボのゾンビたちを軽々と吹き飛ばす動画をアップロードしていた。その数、五百体。鎧武者さんが今まで倒してきた総数よりも少ないが、一度に五百体も相手にする姿を見て、僕は危機感をつのらせていた。
 鎧武者エックスさんの活躍を妨害されたら、鎧武者さんへの投げ銭が減ってしまうじゃないか。
「鎧武者さん、大変です!」
 慌ててリビングの扉を開けた僕は、そこに広がる光景を見て言葉を失った。

 巨大な酸素カプセル……のような、円筒形の機械が横たわっていたからだ。

 しかもその機械からは無数にコードが伸びており、大きな木の根がリビングの壁を這うように、コンセントや大きめの何かのバッテリーに繋がれて、ウオンウオンと稼働音を上げているのだった。
「ま、また人の家を改造しましたね、鎧武者さん!」
「これは拙者専用の充電および回復マシンでござる。快適快適」
 僕の悲鳴もなんのその。鎧武者エックスさんは猫のようにマイペースで、円筒形のマシンの中で寝転がっている。どうやら、おばあさんとのコラボ動画のウケが良かったらしい。それで、沢山稼げたらしい。
 陰陽師ゾンビ対策基地、僕の家支部は着実に鎧武者さんにとって居心地の良い空間にリフォームされていた。
「あっ、それよりも! 大変ですよ鎧武者さん! 騎士・ゼットを名乗るVtuberが現れて、陰陽師ゾンビをなぎ倒し始めたんです!」
「見た」
「見……たなら、焦るとか、怒るとか、しないんですか?」
「激辛フラペチーノ殿は最後まで見ていないのでござるな、あの動画を」
 よっこいせ。と起き上がり、横たわる円筒形の装置から上半身をひょっこり出す形になった鎧武者さんは、ぽかんとしている僕に人差し指を立てる。

「動画の最後にトリプルエックス研究所のロゴが入っておったのだ。あの騎士・ゼットとやらは、トリプルエックス研究所が作り出した、拙者のライバル機と見て相違なかろう」

「トリプルエックス研究所が、陰陽師ゾンビを倒してるんですか?」
「何も不思議なことはない。拙者が陰陽師ゾンビを倒している動画を見て、コンピュータウィルスに侵されたロボットを回収しつつ、研究所の信頼を取り戻しつつ、資金も調達できる妙案だと思ったのでござろう」
「そんな今さら……」
 うん、と鎧武者エックスさんは頷く。
 ウオンウオンと稼働音が轟くリビングで、腕組みをしてマシンにもたれかかる鎧武者さんは続けた。
「拙者としては、陰陽師ゾンビを回収してくれるならそれに越したことはないのだ。拙者以外に戦える者がいないから拙者が出向いていただけで、トリプルエックス研究所がきちんと後始末をするというのならば、Vtuberを引退しても良いとさえ思うておる」
 そ、そんな。僕の推しVtuberが、引退するなんて。
 どう返せばいいか分からず黙り込んでしまった僕のタブレットが、通知音を発したのはその時だった。
 念の為チャンネル登録しておいた、騎士・ゼットのアカウントが、新たな動画をアップロードしたらしい。
 再生数は九九九。鎧武者エックスさんのアップロードする動画の足元にも及ばない。再生数を千にするのは口惜しいけれど、重要な動画だったらどうしよう、と思った僕は、恐る恐る見てみることにした。
「ふはははは! 鎧武者エックスよ!」
 音割れがひどかった。
「この私が陰陽師ゾンビをばったばったとなぎ倒し! 世界に平和をもたらす様を見たか! え? 見たか! おい!」
 ……それに、なんだか絡み方がしんどい。
「トリプルエックス研究所のほうが優秀であることを見せてやる!」
 騎士・ゼットはそう言うと、西洋の剣を振り回し、陰陽師ゾンビたちを本当にばたばたとなぎ倒していくのだった。それを見て、鎧武者さんが黙り込む。
 広い公園の真ん中で、跳躍した騎士・ ゼットが陰陽師ゾンビに向かって斬りかかるのをじっと見ていた鎧武者さんが、円筒形のマシンからゆっくりと出てきて一言、こう漏らした。
「……おかしい」
「おかしい……?」
「この公園、特にコンピュータ制御されているわけではなさそうでござる」
「え? ……あっ!」
 僕も気づいた。
 陰陽師ゾンビは、ウィルスに侵されていない機械がある場所に現れるはずだ。なのに騎士・ゼットが戦っているのは、機械が存在しない公園の真ん中。
 そこまで移動したのか? わざわざ?
 動画に見入る僕に、鎧武者さんはこうも言う。
「この陰陽師ゾンビども、シリアルナンバーがないな」
「シリアルナンバーですか?」
「うむ、拙者が戦ってきたロボットゾンビには、腰の部分にシリアルナンバーが刻印されておって……倒したゾンビに該当するシリアルナンバーをゾンビリストから除外することで、今まで何体の敵を倒したかを計測していたのでござる」
 そんな計測のしかたをしていたのか。
 では、シリアルナンバーがない陰陽師ゾンビというのは、一体何なのだろう?
「嫌な予感がするんですけど……」
「拙者もでござるよ」
 僕たち二人は、動画が撮影されたと思われる公園まで赴くことにしたのだった。

「来たな! 鎧武者エックス!」
 騎士・ゼットはそこにいた。
 公園の滑り台の上から、こちらを見下ろしていた。
 その周りには五百体の陰陽師ロボットが……佇んでいる。
 彼が倒したはずの、ロボットたちが。
「やはりそうか、トリプルエックス研究所め。新たに陰陽師ロボットを生産し、プロモーションのためのヤラセ動画を撮っていたのだな」
「ヤラセと言うな! まずは知名度を上げ、それからゾンビ狩りをしようと思っていたんだ!」
「ゾンビたちと全く同じ型のロボットを生産しおって……ややこしくなっても拙者は知らんぞ」
 生配信を終えたばかりの公園で、鎧武者エックスさんがやれやれと首を横に振る。鎧武者さんの鼻を明かしたかっただろう騎士・ゼットは、滑り台を滑り降りて僕たちのほうへと歩いてきた。
 ……滑るんだ。
「やい、鎧武者エックス! 偉そうな態度を取っていられるのも今のうち……」
「コーポ・ナカヨシの自動販売機に陰陽師ゾンビが群がっているのを発見! 繰り返す! コーポ・ナカヨシの自動販売機に陰陽師ゾンビが群がっているのを発見! 至急、現場に急行せよ!」
 騎士・ゼットの口上を遮るように、鎧武者エックスさんに通信が入った。
 コーポ・ナカヨシ。ここから走って五分の距離だ。
「鎧武者さん、自転車に乗っていってください! 壊しても構いませんから!」
 僕は自分の自転車を、鎧武者エックスさんに渡すことにした。事態は一刻を争う。コーポ・ナカヨシの自動販売機は、十数個並んでいることで有名なのだ。
 もし、いっぺんにコンピュータウィルスが侵入したら……!
「ありがたく頂戴する!」
 鎧武者さんが自転車のペダルを漕いだ瞬間だった。
 まるで電動アシストでもついているかのように、ものすごいスピードで吹っ飛んでいったのは。
 僕も急いで走り出した。騎士・ ゼットのことは気になるけれど、今は実害が出そうなほうが優先だ。
「おい! 待て! 無視するな!」
 騎士・ゼットが追いかけてきた。陰陽師ロボットまで。
 僕は彼らを無視して、鎧武者さんの無事を祈るのだった。

 陰陽師ゾンビの数はざっと数えて三百体といったところらしい。
 自動販売機に近づこうとするゾンビたちをビームサーベルで倒しながら、鎧武者エックスさんがカメラを回している。
 倒れているゾンビだったものの腰を見てみれば、本当にシリアルナンバーが刻まれていた。九九一一。こちらのゾンビは八二八二。数字に統一性はないようだ。

「鎧武者エックスなどに負けるものか! 私の強さ、とくと見るがいい!」

 元気に叫んで飛び込んてくる騎士・ゼットが、陰陽師ロボットを引き連れて大立ち回りを始めた。
 が、それが良くなかった。
 陰陽師ゾンビと全く同じ型のロボットである彼らは、ゾンビに襲われ、またたく間にコンピュータウィルスに感染していった。
 うう、ああ、と唸りを上げてこちらに襲いかかってくる陰陽師ロボットたち。
「ほーら見ろ、嫌な予感的中でござる!」
 三百体から八百体へと増えてしまった陰陽師ゾンビたちを閃光斬で仕留めながら、鎧武者さんが苛立ったように叫んでいた。
「な、なんのこれしき……ぎゃあっ!」
 しかも騎士・ゼットは陰陽師ゾンビに殴られ、飛ぶように転がっていく。
 よ……弱い……。
 鎧武者さんが配信している生放送を見た。
 騎士・ゼットを叩くコメントで溢れていた。
 ゾンビの数を増やしたのは許せない、というコメントに同意のコメントが沢山ついている。鎧武者さん頑張れ、と視聴者がエールを送る。投げ銭も沢山集まっていく。僕も、ソーシャルゲームの課金のためにとっておいた五千円を、投げ込むことにした。
「皆のもの! 応援、ありがとう!」
 鎧武者さんのビームサーベルが虹色に輝いていく。新しい技を購入したらしい。
「喰らえ! 白夜の一閃!」
 虹色のトルネードが陰陽師ゾンビたちを飲み込んでゆく。
 光が収まった頃、立っているゾンビたちは一体もいなかった。
 完全勝利だ。

「激辛フラペチーノ殿、これで倒したゾンビは合計、四千体になりましたぞ」
「あと六千体かあ……大変ですね、鎧武者さん」
 生配信を終え、口座に投げ銭が入っていることを確認しながら、僕たちは肩をすくめて、やれやれ、と会話していた。
「トリプルエックス研究所のロボは頼りにならぬし、これからも拙者が出向くほかなさそうでござるな」
「ああ……僕の家もどんどん改造されるんですね」
「そういえば先ほど、ゾンビロボ感知レーダーの設置を依頼したところでござる」
「えっ……家の、どこに?」
「屋根に」

 騎士・ゼットの動画チャンネルはすぐさま削除されたらしい。
 僕たちは残り六千体の陰陽師ゾンビを思い、深いため息をつくのだった。
 ああ、僕の家が、少年が喜びそうな秘密基地になってゆく……。

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