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赤い武者バーサス緑のカエル

 ある日のこと。僕と鎧武者エックスさんは、撮影機材を抱えて、港一番街にある大型倉庫へやってきていた。
 ゲーム実況をしていて、ツッコミの切れ味鋭いVtuber、大天使キグル・ミカエルさんと会うためだ。
 大天使キグル・ミカエルさんは、カエルの着ぐるみを着て天使の翼を生やした男性の姿で、数々のホラーゲームにツッコミと悲鳴を繰り出し、そのリアクションの大きさで人気を得た人である。
 そのキグル・ミカエルさんが、鎧武者エックスさんに会いたいとメールをよこしてきた、というので、和の鎧武者と洋の天使、赤い甲冑と緑のカエル、というちぐはぐな組み合わせを見ることになったのだった。

 簡潔に言うと、キグル・ミカエルさんは現実でもカエルの着ぐるみを着ていた。
 そして、本当に翼が生えていた。
 いや……翼が、取り付けられていた。

「どうもどうも、エックスさん! 音声チャットではコラボしたことがありますけど、こうして実際にお会いするのは初めてですよね!」
 はきはきと喋る男性だ。カエルの着ぐるみを通してなので、声はくぐもっているが、それでもよく通る声量だった。
 ボイストレーニングに通っているんだとか。素晴らしい努力だ。
「うむ。お初にお目にかかる。拙者、鎧武者エックス……こちらが拙者の推し絵師、激辛フラペチーノ殿でござる」
「ああ! よくファンアートを投稿してた、あの激辛フラペチーノさん!」
 どうやら僕は、鎧武者エックスさんの周囲の人には、名のしれた存在らしい。
「そりゃ有名でしょ! ファンアート紹介動画で、八割が激辛フラペチーノさんのイラストだった回があるんだから!」
 そう言いながら背中の翼をばさりと羽ばたかせるキグル・ミカエルさん。
 翼が動いた! てっきりコスチュームとして背負っているだけかと思っていた純白の翼に僕が言葉を失っていると、キグル・ミカエルさんが気づき、ああ、これね、と話しだした。
「実は、事故にあってから下半身が動かしにくいんだよね。そうしたら、エックスオー研究所ってところから、体を動かしやすくするパーツの開発研究に協力してくれませんか? って、飛行ユニットの話を持ちかけられて!」
「エックスオー研究所というのは、拙者が所属する、ロボットやパーツ開発のラボでござるよ、激辛フラペチーノ殿」
「まさか空が飛べるなんて思ってなかったなあ! この飛行ユニットのおかげで空飛ぶ宅配便として働けるし、感謝しても足りないくらいだ!」
 翼のパーツは、頭に取り付けた特殊なヘッドギアから脳波を送信し、動かすらしい。難しい訓練を重ねて飛べるようになったのだと、キグル・ミカエルさんは言っていた。

「さて! エックスさん! エックスオー研究所で体を開発してもらった同士、コラボ動画配信といきませんか?」

 キグル・ミカエルさんは言う。鎧武者エックスさんは頷くと、撮影機材を設置し始める。僕も手伝い、鎧武者さんとキグル・ミカエルさんが並んで立つのを見ていた。
 どうでもいい事なのだろうけれど、バーチャルの姿と現実の姿がまったく同じなら、バーチャルで撮影する意味なんてないのでは?
 パソコンの画面に目をやって、そんな疑問は解決した。
 背景が、広い野原だったからだ。
 ああ、だからこんなに大きな倉庫を撮影スタジオとしてレンタルしたのか。
「どもども! 大天使キグル・ミカエルと……」
「皆の者、息災か。拙者、鎧武者エックスでござる」
 こうして、コラボ動画の撮影は始まった。中身はやっぱりホラーゲームの実況で、化け物に追いかけられて悲鳴をあげながら「ついてくるなよ、顎はずれ三丁目!」と勝手につけた謎のニックネームを叫ぶキグル・ミカエルさんと、「これは倒せないのか?」と化け物に向かって走り、ゲームオーバーする鎧武者さんという、カオスな内容となっていた。
 僕は声を殺して、笑いをこらえるのに必死だった。

 動画はすぐに、その場で編集作業が行われた。パソコンに向かって黙々と何かを打ち込む二人は、まるで仕事人のようだ。
 二人で確認し合いながら行う作業はとてもスピーディーだった。字幕を入れ、一部をスローモーションで再生し、化け物のトリッキーな動きにノリノリのダンスミュージックを流して怖さを半減させるなどして、彼らはあっという間に映像作品を作り上げていく。
「ああー! やっぱり長時間画面を見てると、目がチカチカしてくるな!」
「だが、これなら今週中には配信できるであろう。頑張りなされ、ミカエル殿」
 なんだかとても仲良しな二人に、僕は少しだけ、胸のあたりにモヤモヤを感じていた。言葉にならない、この渦巻く感情はなんだろう。Vtuberを二人も目の前にして、緊張しているというのもあるけれど、鎧武者エックスさんが大天使キグル・ミカエルさんと笑いながら作業をしている光景が、なんだか寂しくて。

「激辛フラペチーノ殿」

「え? は、はい! なんですか?」
 ペンネームを呼ばれて慌てて返事をした。鎧武者さんが僕のほうをまっすぐ見ていた。その視線に何故だかほっとする僕がいる。
「拙者とミカエル殿が、化け物に惨敗したイラストを描いてほしいのでござる」
「……えっ?」
「そうそう! 動画の大オチのシーンでその絵をバーン! と出して、リスナーさんに笑ってもらおうと思って!」
 キグル・ミカエルさんも楽しそうに告げる。
 僕は、先ほどまでの寂しさや悔しさが薄れて消えていくのを感じていた。
 嫉妬していたんだ。推しVtuberである鎧武者エックスさんと、大天使キグル・ミカエルさんが仲良くしていたことに。僕は鎧武者さんの推し絵師と言われているのに蚊帳の外な気がして、悔しかったんだ。
「今週中に描けます?」
 キグル・ミカエルさんが心配そうに聞いてくる。僕は笑顔で頷いた。
「はい、大丈夫ですよ」

 コラボ配信は大評判だった。
 真顔でボケて、化け物を倒そうとしてしまう鎧武者エックスさんと、それに全力でツッコミを入れながら叫び、逃げ惑う大天使キグル・ミカエルさんのワイプが挿入されたホラーゲームに、リスナーは笑いが抑えられないようだった。
「ほらぁ! ほらぁ! エックスさんすぐ死ぬぅ!」
 というキグル・ミカエルさんの叫びから、この実況はホラーゲームではなく、ほらぁ! ゲームではないか、と指摘されていたのには笑ってしまった。
 そして驚くことに、僕の預金口座にお金が振り込まれていた。
「いや、動画用にイラスト依頼したんだから、代金は払うでしょ」
 キグル・ミカエルさんに言われ、鎧武者さんにも頷かれ、僕はありがたく五千円をちょうだいしたのだった。

「コラボなんて初めてですよね、鎧武者さん」
 尋ねる僕に、鎧武者エックスさんは頷く。
「リスナーが楽しめる動画を求めていたら、コラボに行き着いたのでござる」
「陰陽師ロボットを相手に無双している動画も格好いいのに……」
「運動神経が良くて無双までしている拙者が、ゲームの中ではポンコツ、というのが面白いのではないか。リスナーに親しみを持ってもらい、投げ銭してもらうことこそ、この活動のキモでござる!」
 聞くところによると、エックスオー研究所は小さな研究所で、運営資金はあまり潤沢ではないそうだ。
 だから、陰陽師ロボットと戦う際の資金は、戦士である鎧武者エックスさんが自分で稼がなければならない、ということらしい。
 陰陽師ロボットを一万体も大量生産していたのはトリプルエックス研究所といい、エックスオー研究所の所長の兄弟が経営する、大きめのラボなのだとか。

「陰陽師ゾンビが出現! その数、二百体! 繰り返す。陰陽師ゾンビが出現!」

 僕の家に響くアナウンスは、エックスオー研究所の研究員の声らしい。
「場所は、ヒナタ総合病院! 受付待ちの行列を作っている模様!」
 どうして行儀よく並ぶ習性があるのだろう、ゾンビたちは。
「鎧武者さん! 病院の機器がウィルスに侵されたら一大事です! 生配信してください! イラストで稼いだ五千円を課金しますから!」
「心得た!」
 いつの間にか防衛の拠点になっている我が家をとりあえず放っておいて、僕は鎧武者エックスさんがベランダから射出されるのと同時に自転車を飛ばし、総合病院まで向かうのだった。

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