推しバーサス推し
ゲーム機、ゲーム機、ゲーム機。
ハイスペックなパソコンと、マイクとカメラと編集ソフト。
僕の部屋に「配信のための道具」をごっそり持ち込んできた鎧武者エックスさんは、なんでもないことのように言った。
「元の拠点が陰陽師ゾンビらに壊されてな」
「えっ、大丈夫なんですかそれ」
「大丈ぶい」
微妙に古い言葉遣いで、ゲーム機をテレビにセットしてゆく鎧武者さん。二階建てのプレハブで配信をしつつ、陰陽師ゾンビが出たら征伐に飛び出していたらしい。
僕の部屋に飛び込んできた日が、プレハブ襲撃から逃げていたその時だったとか。
「ゲームキューブは無傷であった」
凄いなゲームキューブ。
マイクもセットして、何やらパソコンもいじり出し、録画の準備を始めている鎧武者エックスさん。Vtuberのモデルの動きも確認し、音声チェックも万端だ。
もしかして、僕の家で配信するのだろうか、これ。
戸惑う僕をよそに、鎧武者エックスさんが腕を組み、仁王立ちした。ああ! 配信の時のポーズだ!
「皆の者、息災であるか」
出た出た、息災であるか、は鎧武者さんの挨拶だ。
「音質が異なるが、別場所で収録しておるでな、容赦いたせ」
音質にまでこだわる姿勢はさすがとしか言いようがない。鎧武者エックスさんの配信収録は、それから二時間ほどかかった。ゲーム実況をすることにしたようだった。
僕は収録が終わるまでの間、息を殺して部屋の隅で縮こまっていた。僕は空気、僕は空気、と自分に言い聞かせ、鎧武者さんのゲーム実況を必死に見守る。
人間ではないと分かってもなお、僕にとって、鎧武者エックスさんは「推しVtuber」だったからだ。
推しが目の前でゲーム実況をしている。凄いことだ。
「……何をしておる?」
パソコンに触り、収録した動画の編集作業に移った鎧武者エックスさんが、両手で口元を覆い、控えめに呼吸をしている僕を見た。
呼吸や動作の音が動画に入り込んではいけないと思って、身動き一つ取れなかったのだと説明すると、鎧武者さんは、僕に向かって軽く投げキッスした。
推しの。推しの投げキッスが宙に浮いている。しかも僕の部屋の空気に、推しの投げキッスがたゆたっている。
無言で祈るポーズをしたまま固まった僕を見て、鎧武者エックスさんが若干引いたようだった。
「そこまで熱心に観てくれておったとは、Vtuber冥利に尽きるというものよな」
握手してください。
「あの、僕、鎧武者さんのファンアートを描いて投稿したことがあったんです」
陰陽師ゾンビは残り八千体近くいるのに、僕はのんきにファンであるアピールをしている。ノートにさらさらと描いた僕のイラストを見て、鎧武者さんはゆっくりとこちらを見て、声を漏らした。
「……激辛フラペチーノさん?」
「そ、そうです、激辛フラペチーノです。よく覚えてましたね」
「えっ、待って、無理、拙者、ヤバい」
鎧武者エックスさんの語彙力が急激に落ちてゆく。両手で口元を覆って立ち上がり、やだぁ、とうわずった声で僕を見下ろす鎧武者さんは、その後、僕をビシッと指差して、言った。
「推し絵師ーっ!」
何ということだ。僕の推しの推しが、僕だった。何を言っているか分からないと思うが、僕も分からない。
二人で固く握手をしようと、手を伸ばしたその時だった。
鳴り響くブザー音。
「陰陽師ゾンビ百体が税務署に出没! 確定申告をしようとしている模様!」
謎のアナウンス。
「感動的なシーンが!」
イラッとしたらしい鎧武者エックスさんが叫ぶ。彼は空中に手のひらをかざし、はっきりと告げた。
「予算確認!」
予算確認?
鎧武者エックスさんの声に従うように、空中にバーチャルな画面が浮かび上がる。時間経過ごとに変動するのは何かのグラフだ。
「ふむ、これならビームサーベルが買えるな……」
「鎧武者さん、これは……?」
「リスナーからの投げ銭を記録したものでござる。まだこれだけ残っておるゆえ、ビームサーベルが買える。だが、問題があってな……」
ビームサーベルなんて凄いものが買えるというのに、何が問題なのだろう。鎧武者さんの運動神経なら、ビームサーベルは鬼に金棒のはず。
「あと一万円あれば、ビームスラッシュが追加購入できるのだ」
「ビームスラッシュ……?」
「技だ、技。ピカッと光って、横一閃に敵をなぎ倒す、強い技!」
「技が別売りなんて初めて見ましたよ!」
要するに、投げ銭が足らなかったので、これといった技もなく振り回すだけになるらしい。悔しそうだ。
ビームスラッシュはさておき、僕たちは税務署へと走った。鎧武者エックスさんがベランダから飛び出そうとし、柵に足を引っ掛けて落ちそうになったのを慌てて抱きかかえ、玄関から出る。
税務署にたどり着いた僕と鎧武者さんが見たのは、信じられない光景だった。
陰陽師ロボットたちが……並んでいる。
そういえば、謎のアナウンスが言っていたな。確定申告をしようとしている、と。
なんでだ。
ゾンビと化した陰陽師ロボットたちは、ああ、うう、とゾンビらしい声を上げながら、行儀よく列を作っていた。
「ひいい、もう税務署を閉める時間です、並ばれても困ります!」
税務署の署員が怯えながら叫ぶ。
鎧武者エックスさんは、ビームサーベルを構えて中腰になる。陰陽師ゾンビたちは、まだ鎧武者さんに気づいていない。
「喰らえい!」
鎧武者さんが光り輝く刀を振り回した瞬間だった。
どっ、と凄まじい勢いで、陰陽師ゾンビたちが空高く弾き飛ばされたのは。
まるで無双ゲームのようだ。さすが最新型。
鎧武者さんの存在に気づいた陰陽師ゾンビは、敵意をあらわに襲いかかってきた。鎧武者さんは素晴らしい運動神経で攻撃をかわす。一回転して避ける、バック中して避ける、避けつつビームサーベルを振り抜く。
格好いい。
ビームサーベルで攻撃されるたびに、陰陽師ゾンビたちはドカンと弾き飛ばされた。
しかし、さすがはゾンビというところか。しぶとく立ち上がり、何度も鎧武者エックスさんに飛びかかっていく陰陽師ロボットたち。
鎧武者さんが、押され始めた。
「ま、負けないで、鎧武者さん!」
僕の声援に、鎧武者さんが答える。
「拙者の半分といえど、こうも集まるときついな!」
半分とは一体?
「こやつらの個としての強さは拙者の半分……いや、拙者がこやつらの二倍強いのだ!」
鎧武者エックスさんは解説をしながら陰陽師ロボットたちをいなし、ビームサーベルで円を描いた。丸く爆発が起こり、十体が吹っ飛んでいく。
「今ここにいるのは百体。つまり拙者と互角の者が五十体いるのと同義!」
いつの間にか鎧武者さんの周囲を、空飛ぶカメラがぐるりと回っていた。
生配信しているらしい。これも、鎧武者さんにとっては資金繰りの一つだというのか。
「皆の者、息災か!」
鎧武者さんが叫ぶ。
「投げ銭ありがとう! あと少しで技が出せる! 三千円くらいで!」
敵を弾き飛ばしつつ彼は言う。
この短時間に、そんなに稼いだっていうのか。僕は鎧武者エックスさんのコンテンツの力に驚き、そして、慌てて彼の配信を視聴した。
僕がちらちら映っている。
鎧武者さんが押されている。
陰陽師ロボットの群れが、波のように押し寄せて、鎧武者さんに組みつく。
あと。あと三千円。
しかしこの金は。
言っている場合ではない。
「力を貸してほしい! 陰陽師ゾンビが街中に溢れれば日常生活が脅かされることになる! 今回だって税務署が理不尽に制圧されかけたのだ!」
鎧武者さんは語りかける。リスナーに。画面越しの、僕に。
「うおおおっ! いっけー! 僕の、交通費ーっ!」
送金が完了した。
「ビームスラッシュ……否! 光波斬!」
鎧武者さんが光る刀を横一閃に振り抜いた直後。
一瞬、静かにきらめいた光の粒子が、刀の軌道を追うように集束し、そして。
一気に、地を震わせるほどの爆発を見せたのだった。
百体の陰陽師ゾンビはなすすべなく爆発に巻き込まれ、機能を停止して転がった。
この生配信は大盛況だったようだ。
たくさんの投げ銭を受け取ったらしく、鎧武者エックスさんはホクホクした様子で、僕の家のリビングに座っている。
交通費を投げ渡した僕は、しばらく自転車通勤である。
「資金が集まったゆえ、ベランダを改造し申したぞ、激辛フラペチーノ殿」
「えっ?」
なんて?
「いちいち玄関から出ていくのは非効率ゆえな。ベランダを、拙者専用の射出カタパルトに改造しておいたのでござる」
「推し絵師の家を魔改造します? 普通」
「それはそれ、これはこれ」
昨夜の激しい戦いはどこへやら。
陽射しを浴びて、猫のように伸びをする鎧武者さんが、無慈悲に言い放った。
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