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春の雨1

 時給が千五百円だなんて高額だからいけないんだ。

 柳 春(やなぎ はる)はがっくりと肩を落として竹箒を手にしていた。
 水神(みかみ)神社と呼ばれるここで巫女として働く春は、先月入ったばかりの新人だ。新人と言っても従業員は春しかいないが。

「ここが蛇を祀ってるなんて知ってたら働かなかったのにぃ……」

 落ち葉や枯れ草を箒で掃きながら愚痴をこぼす彼女は、自分で言っている通り、蛇が嫌いだ。嫌いといより、苦手である。なんだか見た目が気持ち悪いのだ。

 そんな蛇を祀っている神社、今すぐ辞めたいと思っても無理はない。
 しかし辞められない。あまりにも時給がいい。
 自身の懐の状況を省みるに、今神社を辞めてしまったら確実に不自由するだろう事は明白だ。悔しいながら、働くしかなかった。

「しかも、ここ……」

 寂れてヒビも入っている鳥居を見上げながら、春は呟く。
 参拝客も殆どいないボロボロの神社。ここは昔、なんと人身御供を要求していたのだという。本当か嘘かは定かではないが、村の人々は口々にそう言っていた。

「あらぁ、春ちゃん、こんな不気味な神社よく働けるわぁ、偉いわねぇ、あんた」

 村のおばさんに褒め言葉だか微妙なお言葉を頂くほどには、この神社の評判はあまりよろしくなかった。

「春ちゃんっ」

 にっこりと笑った男性が春の元へ歩いてくる。
 この神社の神主だ。
 名前はミコト。見た目は三十代かそこらだろう。とても若々しく、そして、春の苦手としている蛇のような顔つきの男性だった。

「いつもお疲れ様」

 しかしミコトはとても優しかった。
 落ち着いた声で春に礼を言うと、大福を一つ手渡してくれる。

「ちょっと休もうか?」

 神社の噂などどこ吹く風といった様子で、ミコトは春を手招いた。

「春ちゃん、蛇は好きかい?」
「え……あ、いやあ……すみません、苦手です」
「そっか……」

 何てことない会話をしながら、春は大福を頬張っていた。ミコトの分の大福まで貰ってしまい、春は瞬きをする。
 蛇は苦手だと答えられた蛇を祀る神主は、未だに残念そうにしていた。

「ミコトさん、大福お嫌いなんですか?」
「嫌いと言うかね……喉に張り付いちゃって、飲み込めないんだ」
「へえ」

 しょんぼりと俯いて、蛇は嫌われ者だから……と呟くミコトに、春は何を言えばいいか分からない。どうしよう、だって気持ち悪いんだもん、と頭の中でぐるぐる考える春に、ミコトは顔を上げた。

「でも、ありがとうね」
「……え?」
「蛇が苦手なのに、辞めないでいてくれて」

 本当は今すぐ辞めたいです、なんて言えるわけがない。
 時給のためですから、とも言えないだろう。

 春は曖昧な笑みを浮かべて、大福をかじった。甘しょっぱい味が、なんだか今の雰囲気とマッチしてしまい、微妙な心持ちだった。

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