AIとレモンティー3
ヒロヤはカナメに勉強まで教えてくれた。執事ロボなのだから当然といえば当然なのだろうが、何せ今までアルキメデスが勉強を見てくれたためしがなかったのだ。
「この方程式を使い、このように数字を当てはめます」
「……こういうこと?」
「正解率、60パーセントです。正しくは、此方にAの値を入れるのです、カナメ様」
ヒロヤは常に優しい。柔らかく、見られている側が蕩けてしまいそうな微笑でカナメを見ては、優しく頭を撫でてくれる。それがたまらなく嬉しいカナメである。
このまま、二人きりで、いつまでも。
恋に恋する年頃の彼女の妄想は留まるところを知らない。ヒロヤの手をとってうっとりと見つめると、ヒロヤはカナメの頭を撫でながら、どうしました、と囁いた。そして、カナメがヒロヤの口元に、自分自身の唇を近づけて……
ズバン!! とドアが開いた。
「それっくれえ俺にもわかるけどな! バカナメと違って!」
それとは問題文のことだろうか。不機嫌な様子でドアを蹴破って入ってきたのはアルキメデスだ。モノアイがぎらぎらと怒りのようなものを乗せて輝いている。
手にはカナメの大好物であるアップルパイとレモンティーが載ったトレイ。おやつを乱暴に教科書やノートの上にどさりと置くと、アルキメデスはヒロヤを見て、ふんっと顔を背けた。
「ちょ、ちょっと教科書が見えない! それに何よバカナメって!」
不機嫌丸出しでアップルパイを頬張るカナメが、アルキメデスの足を蹴り飛ばした。かーん! といい音が鳴り、アルキメデスが痛みのあまり飛び跳ねる。
いい気味だわ、と笑うカナメと共に、ヒロヤも穏やかに笑っていた。
「ねえ、ヒロヤ。私とデートしましょうよ?」
大好きなアップルパイを食べきったカナメが、レモンティーを飲みながら身を乗り出す。真向かいの椅子に座っていたヒロヤが笑顔で頷くのが見えた。
「ご命令ですね?」
「……え?」
「ご命令とあらば、何なりとお付き合いいたします、カナメ様」
「……もう、違うのに」
輝く宝石のような微笑に、苦笑いをこぼすカナメが頬をぽりぽりとかく。アルキメデスは面白くなさそうに二人の間に割って入るが、ヒロヤは意に介した様子ではなかった。
「ロボット界のイケメン様とデートしねえなんざ、ふてえ奴だな、カナメ!」
「今この瞬間からロボット界のイケメンはヒロヤよ」
「あんだとう!?」
ついてこなくていいのに、という視線を感じながらも、アルキメデスはついてきた。カナメはついてくる彼が痛く不満らしい。頬を膨らませながら買い物をしていた。
新作のワンピースを試着して
「七〇パーセントの確率でお似合いです、カナメ様」
真っ白な麦藁帽子を被ってみて
「八〇パーセントの確率でお美しいです、カナメ様」
……なんとも微妙な褒め言葉である。
にこにこと数値を口にしては拍手するヒロヤにひきつった笑いが零れるが、カナメはそれでも、優しいイケメンと買い物に出たことなど初めてで舞い上がっていた。
店を出て、横断歩道で信号待ちをする。そこらを歩いているカップルが目に映り、胸が高鳴った。皆、手を繋いでいるからだ。
「ヒロヤ、私たちも手をつなぎましょっ」
金髪碧眼、高身長、美青年。そんな彼と手を繋げばたちまち噂のカップルだろう。わくわくと彼の手を握るカナメ。
ヒロヤは、微笑んでいた。
「カナメ様」
「うん? なに?」
「横断歩道で手をつなぐ事は、七二パーセントの確率で、非合理的と判断されました」
「……え?」
振り払われる、手。
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