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藤の君

 薄紫色の長い髪をみつ編みにして垂らしている女性がいて、彼女が俯き気味に、しとやかに歩くものだから、僕がつい「藤の君」というニックネームを心の中でつけてしまったのだけれど、無理もないように思うのだ。
 垂れ下がる髪が藤の花にそっくりで、ちらりと覗く顔はやや四角く、鼻は低い。和美人だ。
 彼女はいつだって分厚いノートブックを抱えていて、時折そのノートブックを横向きにし、めくり上げるように表紙を開くので、ああ、縦書きで何かを書き込んでいるのだ、と遠くから眺める僕は思ったものだった。
 彼女とすれ違う渡り廊下。一つ上の先輩であると知った彼女が俯いて歩いてくる。ぶつかる。
「ご、めんなさ」
 小さな声で途切れがちに謝る彼女の手から落ちた、ノートブック。床に転がる前に、咄嗟に拾い上げた。バラバラと音を立ててページがめくれる。
 そこに書いてあったのは詩で、ストーリー性の高い、シリーズものであると判断できた。
 毒を飲もうかどうかためらう主人公が、俯いていた。
「毒は、飲むべきだと思うんです」
 僕は思わずそう言っていた。
 驚いたような彼女の顔。そばかすが見える。見れば見るほど和美人で、僕の好みの顔ではないけれど、なぜか惹かれて仕方なかった。
「毒を飲んで、それでも生きる詩ではないんですか」
「そ、そうです」
 戸惑いながら肯定してくれた彼女。
 彼女は、いつも座っている藤棚の下まで僕を案内すると、秘密ですよ、と小さな声で言うのだった。
「この詩は、俯きの美、というのです」
 初めて知ったタイトルだったが、初めて聞いたように感じなかった。
 僕はいつも彼女の俯いた横顔を見ていたからだ。その映像がフラッシュバックのように浮かんだ。
「上を向くばかりが美しさではないことを、表現したくて」
 その時、僕は彼女から、むせ返るような藤の香りを感じたような気がした。
 おこがましくも彼女の秘密を共有した僕に、小さな唇が、かすかに微笑んだ。