少し息苦しいけれど、生
つらいことがあったので、人食いワニが出るという池に身を投げた。ワニが近づいてきた。
「人間が落ちてきた」
と、ワニ。
「池に落ちたら寒いのに」
ぼーっと私のことを見つめていた。
「これで何人目だろう、落ちてくるの」
早く私を食べて欲しい。楽になりたい。
ザブザブと起こる波しぶき。寒い。
「みんな、ひどいなあ」
ワニはぼやいている。
「僕に食べられれば楽になると思ってる」
そう。その通り。だってあなたは人食いワニなのだから。ひと思いにバクリと食らいついて、丸呑みにでもしてほしい。
「食べさせられる僕の気持ちは、誰も考えてくれてないんだもの」
ピタリ。私の動きが止まる。
「人を食べてしまったら、僕は危険な獣だと言われて、駆除されてしまうのに。誰もそんなこと気にしない。みんな、僕のワニ生に傷がついても知らないふり」
呆然とワニを見た。ワニは悲しそうだった。
「僕は悪者になりたくないから、あなたを食べないよ。別の獣のところに行ってね」
私はわがままだ。
ワニが食べてくれると思っていた。私の人生を終わらせてもらえると思っていた。
けれどそれは、ワニを犠牲にして私一人だけが楽になる、とても残酷な方法だったのだ。
今まで何人が、ワニを悪者にしてこの世を去ろうとしたのだろう。その度にワニは、どれだけ傷ついたのだろう。
私は池の中央で立つ。
足がつくのだ。溺れようと思えば溺れられる深さだけれど、私はもう、そんな気にはなれない。池のほとりに向かって歩く。何事もなく水から上がれた。
涙が出てきた。
私だってつらいけれど、つらさの後始末をさせられそうになってきたワニもつらい。
気づいたら、ごめんね、と口から言葉が漏れていた。
翌朝、私は池のほとりに立っていた。
「サンドイッチはいかが?」
つらいけれど、仕方なく生きることにした私に、ワニは答えてくれた。
「タマゴサンドがいいな」
彼は人食いワニではなく、人を食ったようなワニだった。
「悪者にしかけてごめんなさい」
私の言葉に、タマゴサンドを平らげた彼は言う。
「つらくなると、世界がぎゅうぎゅうに狭苦しくなって、周りの人が生きていることも分からなくなるから、仕方ないよ。でも、気づいてくれてありがとう」
ワニ1匹分、私の世界が開けたのだった。