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冷たい手

 手が冷たいと心が温かい証拠なのよ。
 昔から言われる屁理屈を彼女は笑って呟く。
 彼女の手は冷たい。彼女の笑顔は温かい。そういう事なのだろうと一人で納得してはいたが、こうも自分で言われると笑いしか起きない。
「あなた、そんなに優しい人だったかしら?」
 つい嫌味を口にして
「あら、何年私と一緒にいるの? 私は優しくないわ」
 素直に返されて、再び笑ってしまった。
「私の心は温かいわ。いつでも激情に駆られて炎のように燃えているもの」
 彼女は誇らしげに言うと、冷たい手で冷たいコーヒーが入ったコップを手にする。そして一気に飲み干し、私の方を見る。
「それと優しさって何か関係があるの?」
「ないわね、微塵も」
 彼女は世間に怒りを抱き、目の前の知識も教養もない人間に怒り、自分自身に怒っている。もっと知恵を振り絞り、もっと文化的活動を。
 怒れる小説家なのだ。
 私はしがない会社員。彼女とは違う。けれど彼女は私を傍に置く。まるで異類婚姻譚のよう。彼女は何かしら人ならざる雰囲気を持っているのだから。
「私の心は温かいの」
 再度呟く彼女は、私の手をとって言った。
「あなたの心は冷えているのね」