×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

月刊、サトウトシオ番外編2

 さくり、と軽い音を立てて口の中で溶けたのは、塩見さんが持ってきたお菓子だった。最初はハッ○ーターンかな、と思ったその形状だが、手触りの軽さと甘く香るバターに、ああ洋菓子なのだと判断した。
 口の中、甘さを残してじゅわりと消えていくこの食感。そして味。どこかで味わった覚えがある。
「鈍いね、君ってやつは」
 目の前でさくさくとお菓子をたしなんでいた塩見さんが、呆れたように片眉を上げて鼻を鳴らす。
「ラングドシャって聞いたことないのかい」
「え、ああ、そうか、ラングドシャだ」
 いつもは丸や真四角の、間にチョコレートを挟んだそれを食べていたから、うっかり反応が遅れてしまった。
 そうか、この長丸のお菓子はラングドシャなのか。
「それにしても、なんでこんな形にしてあるんです?」
「元々がこういう形なの」
「そうなんですか?」
「十七世紀ごろから作られてる伝統のクッキーだよ、君」
 なんだか物足りない。
 チョコレートをサンドした日本風のものばかり食べていたせいか、本場のラングドシャになかなか慣れない。
 しかし上品な甘さは癖になる。わざわざ噛み砕かなくても、春先の雪のようにじわりと溶けていく感触が心地よかった。

「あのね、ラングドシャがこんな形なんじゃなく、こんな形だからラングドシャっていうんだよ」

 要領を得ない話し方で塩見さんは紅茶を口に運ぶ。僕も一口飲む。ちょうど良い温かさの紅茶は、すすって飲まなくても充分に香りを楽しめた。
「猫の舌」
「……猫?」
「フランス語で猫の舌っていう意味なの、ラングドシャ」
 色素の薄い瞳が、皿に盛りつけられた洋菓子たちに向けられる。僕に向けるより幾分か優しい視線が、なんだか羨ましかった。
 この人は人間に対して微笑んだことなんてあるのだろうか。
「……何か失礼なことを考えてるね」
「い、いいえ」
「まあ、いいけどさ……。ほら、見てごらん、猫の舌のような形をしているだろう。だから、ラングドシャと呼ばれる」
「物知りですね、塩見さん」
「調べたんだよ」
 つんと突き放すように返す塩見さんは、わざわざ僕に「猫の舌」を教えるため、細長い丸状のラングドシャを持ってきてくれたことになる。
 なんだかくすぐったい気分だ。
「ありがとうございます」
 さくりと頬張りながら言うと、眉根を寄せた彼が、なんだい藪から棒に、とザラザラした声で訝しんだ。
「でも、やっぱり日本風にチョコレートを挟みたいですね」
「さくさくさくさく食べといてよく言うよ。ならカッツェツンゲンでも食べておいで」
「カッツェ……なんです?」
「カッツェツンゲン。ドイツ語で猫の舌って意味の、チョコレートさ」
 不機嫌そうだが知識は分け与えてくれる。随分と気まぐれで、気ままな青年である。
 その気まぐれさが、まるで猫のようで……ああ、猫が喋ったらこんな風なのだろうか、と空想しながら、もう一枚、猫の舌を口にした。
 軽い音を立てて、猫の舌は溶けて消えた。