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月刊、サトウトシオ番外編1

「ステファニーがアップルパイを作ろうとして失敗したんだって、それ」
 挿絵画家の先生はお菓子が好きだからと聞いて僕が焼いてみたタルトタタンに、挿絵画家の先生こと塩見さんは目を細めて呟いた。
「今じゃそれが正しい作り方なんですよ」
 りんごがピュレ状にならないよう気をつけて、レシピを見て作り上げた小さな、しかし誇り高い甘さを漂わせるそれを猫足のテーブルに置く。
 塩見さんが入れてくれたのは、すっきりとした香りの、甘みが少ない紅茶であった。
「君にしてはいい形に焼き上げたもんだよ。僕は西洋ナシのタルトタタンを以前に食べたことがあるけれど」
「へえ、どうでした?」
「君も作って食べてみればいい」
 素っ気なく返す塩見さんは、ナイフで僕の分まで切り分けてくれて、白い皿にりんごのそれを乗せていく。
 ほろり、と一欠片りんごが落ちて、塩見さんが指先で拾い上げた。よく焼けたりんごの褐色と不健康に青白い塩見さんの肌が、どちらも際立った。
「ああ、無塩のバターを使ったのかい」
 拾い上げたタルトタタンの欠片を口に運んで、すぐさまそんな事を言う。

「……いいじゃない。鼻を抜ける香りが甘く焦げてて」

 不服そうに褒めてくれるのが新鮮で、僕はどきりと高鳴る胸を鎮めるために、自分の皿のタルトを大きく頬張った。
 甘ったるさは感じない。噛むたびにりんごの柔らかい歯ごたえを感じ、滲み出てくる果汁がタルト生地と合わさって、自画自賛で申し訳ないが美味しかった。
「君が作るなんて聞いて見くびっていたけどね」
「感想まで塩対応なんですから……。まあ、比較的作りやすいお菓子ですし、気軽に食べられていいですよね」
 殺風景な光景。
 隅に画材と机が置かれた、塩見雪緒の部屋。
 白い壁、白い床、白いテーブル、白いソファに白い彼。唯一色を持つ褐色のタルトが、部屋全体を甘く彩る。
「生地だけ食べても美味しいね」
「なんで分けるんですか」
「りんごもグズグズになってない」
「気をつけましたから」
「……ふうん、君のくせに、美味しいもの作れるんだ。君のくせに」
 二切れ目に手を出しながら塩見さんが何か言っている。なんとも捻くれた褒め言葉を耳にしながら、僕は彼が入れてくれた紅茶をすすり、爽やかな香りで喉を潤すのだった。
 僕が焼いた菓子に合うよう茶葉を選んでくれているあたり、彼のお菓子に対する姿勢は真摯なようだ。
 その真摯な態度を、僕にも向けてくれたらな。
「何を生意気に三切れ目に手を出そうとしてるんだい」
「いいじゃないですか、僕が焼いたんですよ」
「普段どれだけ怪異を案内してやってると思ってるんだよ。手間賃がわりに置いていきな」
 タルトタタンの追い剥ぎなんて初めて出会った。
 両手を上げて降参を示せば、彼はにんまりと笑って、きし、と声をあげた。
「西洋ナシの次くらいに美味しいかもね」
「光栄です」

 バターの香りを楽しみながら、僕たちは午後の日差しを浴びていた。