月刊ヌゥ、泣く子には勝てぬ
窓にはベタベタと手形が張り付いている。その手がとても小さくて、廃屋には似つかわしくない可愛らしいものだったことが、更に僕を怯えさせた。
おびただしい数の手形が僕と師匠を追いかける。ぱたんぱたんと足音が聞こえてくる。しかし何も見えない。
「し、師匠には見えるんですか」
「見えないよ。僕は怪異とコンタクトを取れるだけで、万能な霊感なんてもんは持ってないんだから」
わかっていて化かされる、それが僕の役回りさ、と口笛まじりに師匠は抜かしなさった。
「なら何故、廃屋なんかに来たんです!」
「頼まれたのさ、ここの家主だったじい様に」
「何を!」
「たたりもっけのお世話を」
たたりもっけ。生まれてすぐに死んでしまった赤ん坊の霊が、家に祟るようになった場合の呼び名だ。
家に富を与えるようになった場合は座敷童子と呼ばれる。
人間というのは勝手だなと、僕はたたりもっけの祟りに怯えながらも考えた。だって、自分たちに都合が悪ければ化け物扱いをするなんて、そんな。
「妖怪ってのは、だいたい人間の視点から作られる。人間が怖いと思ったら妖怪、怖くなかったら神霊、そういうもんなの」
「そんな……」
師匠がパンパンと手を叩き出す。何かの調子を取っているらしい。
パン、パン。
手拍子をゆっくりしながら、師匠が口を開いた。
「にぃらめっこしぃましょ、わぁらうとまぁけよ」
地獄で歌っているかのようなザラザラ声が、少しだけ艶やかに聞こえた。
「あっぷっぷ」
そうして師匠は、両手で僕の頬を押しつぶした。いや、師匠の頬じゃないんですか! とつぶされたせいで突き出た唇で精一杯訴えた直後のことだ。
「キャタキャタキャタ!」
「ケラケラケラ!」
「きゃはははは!」
そこかしこから子供の笑い声。姿は見えない。しかし飛んだり跳ねたり窓を叩いたりと大騒ぎなのはわかった。
手形が量産されていく。
まるで拍手のようだと思った。
「むすんで、ひらいて」
師匠は自由気ままに歌い出す。手を結んで、開いて、そして叩いて。ザラザラとした声だが、その声の持ち主が自分たちをあやしているのが面白おかしいのだろう。
たたりもっけたちは終始笑っていた。
「いやぁ、面倒を見れてよかったよ」
廃屋を背に、師匠が言う。
あの家は近く取り壊されるとかで、持ち主の老人がたたりもっけ……幼い頃に死別した兄弟や親戚たちを哀れに思い、悔いなく送ってやれないかと師匠に相談を持ちかけたのだそうだ。
「機嫌を損ねてたら本当に祟られるところだったしね」
「……え」
「言ったろ。僕は怪異とコンタクトを取れるだけで、万能な霊感なんてもんは持ってないって」
わかっていて化かされる。それが僕の役回りさ、と口笛まじりに言ってのける師匠に、僕は言葉を失っていた。
想像以上に綱渡りな状況だったらしい。
「君のつぶれ顔が面白くて助かったよ」
師匠はにんまりと笑った。