×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

月刊ヌゥ、僕は神を恐れる

 怪奇イラストレーターと呼ぶと、師匠は露骨に不機嫌になる。イラストレーターを絵師に変えてもまだ不機嫌だ。師匠は「怪しい絵描き」という奇妙奇天烈な呼び名でないと満足しないのだ。
 その怪しい絵描きは今、僕と電車に乗っている。今まで描き溜めた怪奇絵を出版社に納めに行くためである。ついでに僕の描いた都市伝説の挿絵も、二束三文で引き取ってもらうつもりだった。
「ここら辺は土砂崩れが多い地帯だったんだ」
 師匠はぼんやりと列車の天井を見て言う。
「そうなんですか?」
「蛇が地名につくところはね、そうなんだよ」
 昔、蛇宮という土地にあった神社が土砂で潰されてしまったことがあったのだよと、師匠は悲しそうに吐き出した。
 神社はもうない。
 信仰心の行き場がない。
 神が歪んでいきはしないか心配だよと師匠が小さく息をついた。
「……あ、空気が濁ったね」
 掠れた声で師匠が呟く。不織布のマスクから漏れ出る、地獄で歌っているかのようなザラザラした声が僕の耳をくすぐった。
「空気が、なんですか?」
「濁ったんだよ。まとわりつくような……ああ、嫌な雰囲気だ」
 師匠は奇っ怪な現象とコンタクトを取れる体質である。そのおこぼれに預かって奇っ怪な絵を描く僕は、だが師匠のように怪異を感じ取れるだけの感性はなかった。
「今回は喜ばしくない怪奇かもしれない」
 師匠が目を伏せてボソリと吐き捨てた瞬間だった。

 電車が急ブレーキをかけた。

 どしん、と振動が車両全体にゆるく響く。まさか、そんな。
「師匠」
「嫌でもあちらから無理やり寄ってくることもある」
「……僕たちが乗っていたからですか」
「いいや。僕らが乗っていなくともこの事故は起きたさ」
 違うな。師匠は呟く。
 この時間に、この事故が起こる。それは確定していたらしい。事故が起きる時間と場所に、師匠と僕が、知らぬうちに呼ばれていたとのこと。
 怪異を起こした犯人は、師匠と僕に人身事故を見せつけたかったのだという。
 身震いがした。
 そんな悪意の塊が、師匠にアクセスしようとテグスを引いたというのだ。思わず師匠の手を握っていた。悪意の塊に師匠を連れていかれてはかなわない。
「……一応、電車を降りようか」
 師匠は立ち上がり、僕の手を引いた。ゆらりとした足取りが、消えてしまいそうに見えて不安だった。

「ご覧よ。この駅の名前を」

 師匠が指を差す。駅名のプレートを見て、僕は思わず溜め息をついていた。
「蛇見谷(へびみや)」
 師匠が心配していた通り、神が歪んでいっている。
 僕たちには止められない何かが起こっていた。