×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

月刊ヌゥ、師匠が笑う

 板塀が続く路地裏へ足を踏み入れた。なんの音もしない。隣を歩く師匠に目を向けると、師匠はにんまりと笑っていて、この路地裏をいたく気に入ったようだった。
「足音も響かない。声を張らねば周りの空気に吸い込まれて聞き取れない。こりゃ狸の領域に入ったね」
「狸?」
「誰の気配もしないだろ?」
 きし、と独特の笑い声をあげる師匠は、こうして散歩がてら怪しいものたちにコンタクトを取り、その結果を絵に残してはオカルト雑誌に寄稿する奇人である。まあ、その奇人の弟子である僕も変人なのだろうが。
「誰の気配もしないというのは不自然だ。生き物や風の気配すらしないのは超自然だ」
 と師匠。
「狸が気配を消しているということですか」
「そうなる」
 気配を消しているということは、いつ化かそうか機会を伺っているということだと師匠は言う。
 あたりがざわめいた。
 一気に獣の匂いが立ち込める。
 来るか? 身構える僕に、師匠はきし、と笑った。
「お前さんの隣にいる僕は、本当に師匠かね」
 え。
 思わず師匠を見つめる。血の気が失せた不健康な人物が、にんまりと笑っていた。
「来なすった」
 その声と同時に
「置いていくなんて酷い弟子だね」
 後ろから師匠の声がした。
「ついてこないなんて鈍い弟子だね」
 前からも師匠の声がした。
「さあ、君、どれが僕だろうね」
 狸の小路で僕が惑う。