死神短歌
屋上で生きる望みに飽き飽きし、フェンスに手をかけ気配に気づく。
死神が僕の背後に立っている。オレンジジュースを飲み干しながら。
「やあ君よ。その魂を持て余し、飛び降りたいなら譲ってくれよ」
死神が魂譲渡の契約書、僕に見せつつ軽く尋ねる。
「いいだろう。要らないんだろ、その命。だったらくれよ、タダ同然で」
「ねえあんた、何を知ってる、この僕の。命をタダで? 見くびるなよな」
「始めから死んでしまう気なかったろ。困るんだよね、営業妨害」
両親は喧嘩ばかりで僕の事、ただの一度も見てくれはしない。
飼っていた犬が寿命で死んだ時、僕も消えたい、強く願った。
青春や泥臭い夏、来やしない。僕はいつでも冬の只中。
昔から居場所などどこにもないと自覚させられ今に至った。
死神に叩きつけるように告げる、僕の半生、虚しい半生。
「だが君はフェンスを乗り越えられやしない。タダ同然を拒むのだから」
声静か。死神はただ僕を見る。ジュースのパック握り潰して。
座り込み、僕は自覚してしまった。まだ縋りたい僕の姿を。
情けない。飛び降りる事すらできず、愛犬が待つ場所へも行けず。
「死にたいと願っているが涙出て、止め方知らぬ僕を笑って」
嘆願を潤む視界で呟くが、彼は笑わず、喋りもしない。
生きるしかないよと彼が示すから、僕は声あげ体を丸めた。
そうやって僕は明日の朝を知る。眩しいけれど綺麗じゃない朝。
「また来るよ。タダ同然でいいのなら。それでは君よ、三年後まで」
死神の声が嫌に優しかった。僕はオレンジジュースを買った。