目を合わせない夫婦
巨大な牛が横たわっている。
毛が長く、首もずんぐりと長い、巨大な牛が。
牛と呼んでいいのか分からない。だが体格は牛のそれだ。
息は生臭かった。
湿ったゴミのような、腐った生物(なまもの)のような、異様な匂いである。
息が草葉にかかると、草葉は見る見るうちに萎れて腐敗していく。
どろりと茶色くなって地面に落ちる草花を、首の長い牛は舌で絡め取って食べていた。
あの生き物の目を見てはならない。
あの生き物と目を合わせるという事は、即死を意味するからだ。
だというのに、巨大な生き物の隣に座り込んで、時々干し草を運んで来る少女は何なのだろう。
生き物と目を合わせた事はないが、それでも生き物と通じ合っているらしく、時々「はいはい」と返事をして干し草を取って来る。
生き物は少女を邪魔がる事なくそばに置いていた。
「ねえ」
小さな声で少女が此方に話しかける。
「生き物じゃないの」
少女は怪物の頭を撫でて、そしてまた干し草を取って来る。あっという間に腐って食べられていく干し草を。
「カトブレパスっていうのよ」
もはやどこも見ていない少女は、カトブレパスと呼ばれた怪物に干し草を与え、優しく背を撫でていた。
少女は怪物の妻なのだった。
怪物は少女の夫なのだった。
誰にも近づくことができない夫婦が、ある所に横たわっていた。