マンションという生物
私が住んでいるマンションには風変わりな住人ばかりいる。
隣の部屋は昼夜問わず誰かのいびきが聞こえるし、下の部屋からは少し物音をたてただけでドンドンと抗議の騒音を立てられるのだ。
しかし誰が住んでいるのかは全く知らない。その姿を見たことがないからだ。隣の住人は一度か二度見たことがあるが、複数人で暮らしているというのに決まって特定の一人にしか出会わない。
常々繰り返される騒音やいびきに辟易していたが、そこで私は考えを改めた。
マンションに奇妙な住人がいるのではなく、奇妙なマンションに住人がいるのではないかと。
それはこうだ。ここはマンションではなく、奇妙な、それでいて無機質な怪物の体なのである。そこには無数の穴が開いており、始めのうちは全て空である。臓器を持たない怪物は生まれてから生き延びるまでの体力もなくすぐに力尽きるだろう。
だから無機質な塊の生命とも呼べない生命は、自身の近くを無数に蠢く小さな者ども、すなわち人間を呼び込むのだ。
目的は勿論、人間を自分自身の内臓に作り変えるためである。そう、作り変えられるのだ。それがこの怪物の唯一にして最大の奇怪な特徴だ。
恐らく隣の部屋から昼夜問わずいびきのような音が聞こえるのは、彼らが怪物の声帯としての役割を持ったからであろう。
そして下の者が私が立てる物音に敏感に反応し天井や壁をドンドンと叩くのは、彼もしくは彼女が反射的に異物を取り除くための器官、横隔膜あたりにでも変質してしまったからではないのか。
とすれば私もゆくゆくはこの怪物の内臓とならなければなるまい。世間では物静かな方に分けられる私である、沈黙の臓器となる可能性が高い。
果たして怪物の内臓は人間と同じなのだろうか、そこが気がかりだが、マンションとしての形態を保っている以上は人間よりもはるかに多い臓器を必要とすることは明白だ。
この怪物は何をもってこの地に生まれ出でたのだろうか。
この怪物は何を守り、または何に守られ、何を介して何処に向かうのだろうか。
全ては沈黙せねばなるまい。
私は沈黙の臓器となるのだから。
そのために呼び込まれた材料であるのだから。