小さな祠、大きな彼
犬、と呼んで差し支えないのだろうか。
目の前に犬がいた。
大きな大きな犬だ。
二階建ての一戸建て家屋。その屋根に、頭が届く大きさだ。
オスだというので彼と呼ぶことにするが、彼はこの土地の守り神なのだそうだ。
何故だか分からないけど、しっくり来ない。
小さな祠に収まりきらず、祠を抱くようにして寝転がっていたところを私が発見したのだった。
「供物を捧げよ」
彼は言う。
できれば生きた肉がいいと。
生きている動物を捕まえる技術など私にはない。ごめん、無理。そういって断ると、彼は残念そうに、くぅん、と鳴いた。
ああ、犬と呼んでいいのだなと思った。
「ここ百年あまり、ろくにものを口にしておらぬ」
「どうして?」
「信仰心が薄れてきたからな。誰も私を認識しなくなった」
「……ああ」
現代人はどこかドライだ。
皆、自力でここまで発展しました、という顔をしているように見える。
神や化け物の存在を信じなくなった人々が多いのだろう。
そんな事を考える私も、目の前の大きな彼を見るまで、神様やら怪物やらの存在は半ば信じていなかったのだけど。
受験のときに都合よく「神様お願い」と祈ったきりだ。
それにしてもこの神様、何だかよく分からないけど、胡散臭い。
「スーパーでお肉買ってくるけど……それでいい? 神様」
「おお、スーパーならライクライフよりゾーンの方が安いぞ」
「……なんでそんな事知ってるの」
「伊達に三百年、神をしているわけではない」
妙に世間に慣れている神様はそういうと、家に帰る途中だった私に続けて言った。
「毎度バス通学、ご苦労」
「……もしかして、町に住んでる人の生活、大体把握してる?」
「伊達に三百年、神をしているわけではないからな」
家に自転車があるだろう。それに乗っていくといい。外は寒いから手袋を忘れずにな。犬の神様は言う。
なんだか薄気味悪くなってきた私は、家に自転車を取りに帰って、そうしてようやく神様に対する違和感に気づいたのだった。
「なんでゴールデンレトリーバーの姿してるんだろう」
日本の守り神のくせに。