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白春(ハクシュン)

 何が春だ。まだまだ寒いじゃないか。
 虫は土から出てこないし、動物の動きは鈍いし、町並みは閑散としている。車の排気ガスがむなしく宙を踊る。
 しんと冷えた空気は吸い込んだ者の鼻や喉を痛めつけて、耳や指をちぎろうとしてくるのだから堪らない。
 暦の上でだけ春だと言い張る季節の中、長いマフラーをぐるぐると口元に巻きつけた僕は、急な坂を上っていた。隣町まで食材の買出しに行って来たのだ。僕は嫌だった。同居人とのじゃんけんに負けたのが運の尽きだった。
 あれやこれやと用事を言いつけられ、重たい水ものまで買わされた。
 坂の頂上でため息をつく。
 吐いた息が白く染まる。
 同居人に文句の一つも言ってやりたいくらいだが、あそこでグーを出した僕の責任でもあるのだ。
 赤茶色の屋根の、小さなアパートが見えてくる。僕はそこへ向かって進む。水ものがトプンと音を立てて揺れた。手に食い込むビニール袋が風に吹かれて乾いた音を響かせている。
 アパートの外で同居人が待っていた。
 僕の半纏を手に待っていた。
 虫は土から出てこない、まだまだ寒い「春」に、同居人は外に出て、僕の帰りを待っているのだった。
 たったそれだけで、僕にとっては確かに春だった。
 たとえそれが暦の上でだけだとしても、白い息で春だと言い張れるのだった。