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姫は浚われた

 姫がいない。悪党に浚われたのだ。国では大騒ぎである。
 助け出そうという勇気のある者はいなかった。
 長い時を平和に過ごしすぎた結果、争いを忘れた者ばかりだったのだ。
 争いを知らないというのは美点でもあったが、こうして事が起こった際に対処するすべがないのだから、手放しで褒めるわけにもいかないだろう。
 姫は浚われた。
 誰もがそう信じていた。

「どこに行くの?」
 綺麗な鱗に、美麗な翼。人間の子供ほどの背丈しかない竜が、岩場に座って人間を見る。人間は警戒するでも威嚇するでもない優雅な竜に向かって少し笑った。
「どこにも行かないさ」
「ずっとここにいるの? 移動しないの?」
「移動はするよ。ずっと君の傍にいるんだ」
 竜の姫は美しい瞳で人間の女を見つめている。
 盗賊の彼女は、竜の国で蝶よ花よと可愛がられて育ったこの竜に惚れてしまったのだった。だからこうして、連れ出した。
 外の世界でともに生きようと声をかけて。

 姫は浚われた。
 国の誰もがそう信じていた。
 姫と盗賊の共同作業だなどと知る者は、この世に一人と一頭だけだった。