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明るい旅を

 色とりどりのイソギンチャクと珊瑚が足元を埋めつくし、透明な水が太陽光をめいっぱい吸い込んでいる澄んだ海の中。海藻と砂にまみれた沈没船の船長室に、一つの影があった。
 面接に来ましたといわんばかりのリクルートスーツ一式を身にまとった女性である。ぼんやりと椅子に座り、外を眺めていた。
 鼻や口から気泡が立たないところから見るに人間ではない。
 彼女は駄目になった電子機器に触れ、その中から小魚が飛び出してくるのに笑っている。ウツボがぬらりと躍り出て彼女の周りを一周していった。
「おはよう、三十年ぶりだね」
 水の中で彼女の声が響く。虚空を眺めながらリクルートスーツの彼女は呟いた。答えはない。
 それでも彼女は口を開くことを止めなかった。
「君が眠っている間、退屈だったよ。魚たちが話相手になってはくれるけど、君に勝る者はいない」
 答えはない。
 だが、水がぐらりぐらりと揺れて、沈没船に集まっていた魚たちが慌てて逃げていくのが見えた。
 地震が起きたわけではなさそうだ。彼女は落ち着いている。
「三十年前の事故から、ずっと目を覚まさないものだから……約束を忘れたかと思っていた」
 彼女は約束をしていた。世界一周の約束を。
 一目ぼれした相手と共に、世界中の海を旅する約束だった。
 しかし岩礁に乗り上げた船はそのまま沈没し、船と共に彼女も死んだのである。舟幽霊というやつだ。
「世界を一周しよう。これから、二人で……なに、遅くないよ」
 彼女が笑って言うと、そうか、と張り切ったように船が動き出す。
 彼女の旅行のパートナー。一目ぼれした相手とは、この船のことだ。
 ジュリアンナ号と記された船体が海藻を払い落とすかのように激しく揺れ、水中を浮かび上がり、大きく開いた穴など気にすることなくまっすぐに進んでいく。
「いつまでも一緒さ」
 彼女は言った。
 船が喜びの声をあげるようにスピードを上げ、澄んだ海に砂を巻き上げた。
 イソギンチャクと珊瑚に見送られる船出だった。