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通じて信じる

 ポケットWi-Fiの充電が切れた。
 これではスマホで通信ができない。いや、できるにはできるのだけれど、通信料がかかってしまう。
 困ったな。フリーWi-Fiがある店まではまだ距離があるし。メールで確認しなければいけないことがあるのに。
 格安プランは、通信量がかかると途端に料金がかさんでしまう。
「充電用のコードを持ってますか?」
 私の隣にいる人が話しかけてきた。見れば、髪の毛を逆立たせた、眉毛のない男の人だった。
「持ってます……けど……」
 ポケットWi-Fiのコードを取り出す私に、その人は手を差し出す。それを渡せということだろうか? それでは珍しいタイプのカツアゲじゃないか。
 男の人はポケットWi-Fiにコードを挿して、コンセントに挿すほうを指でつまむ。
 ピリリ、と空気が弾けた。
 驚いてその人を見ていると、だんだんと髪の毛が下りてくるのに気づいた。
 指先はぱちぱちと音を立てていて、ポケットWi-Fiは充電を開始している。嘘でしょう?
 この人は、電気を発する人なのだ。
「昔から、人より静電気がたまりやすくて」
 男の人は言う。
 充電に使えるくらいの電気がたまるので、常に髪の毛が逆立っているのだとも。
 ポケットWi-Fiが復活して、スマホで連絡ができるようになった。
 スマホのプランを見直したほうがいいかな。けれど、ほかは今のプラン以上に高いからなあ……。
 男の人は、江歴さんというらしい。静電気がたまりそうな名前だなあ、と思った。
 江歴さんはふう、と息をつき、くたびれたように、うなだれる。電気を出すのも疲れるようだ。
「甘いもの食べたくなっちゃった」
 そう言うので、私は指先に力を入れた。
 ポコンと出てくるのは、飴玉。
 私の名前は、雨山。
 単純な砂糖菓子を生成できる体質の私は、しかし、やりすぎると低血糖になってしまうので、控えていた。
 今回はお礼として出した。
 江歴さんは目を瞬かせて、そして飴玉を受け取ってくれた。
「甘いもの、お好きなんですか?」
「はい……コーヒー飴だ。コーヒーお好きなんですか?」
「よく飲みます」
 この体質は、誰かに知られても特別不便はないけれど、だからといって得もしない、微妙なものだ。気持ち悪がられるときもある。
 それを知っているのか、江歴さんは口元に人差し指を持っていって、薄く笑った。
「お互い、秘密にしましょう」
「誰にも言いません」
 連絡先を交換して、その日は別れた。

「それがパパとママの最初の出会いなのね」
 娘に言われて、私たちは笑う。人差し指を口元に持っていって、にんまりと。
 今では私たちの苗字を足して割って、江山になっているから、体質を連想されることもなく、一般の人たちに溶け込んで暮らしている。
 娘は甘いものを食べると電気が出る体質だった。
「さと子さん、Wi-Fiの忘れものだよ」
「ありがとう、照彦さん」
「充電しておいたからね」
「じゃあ、これはお礼ね」
 夫に手渡すのはあの日と同じ、コーヒー飴。
 格安プランは、今も健在だ。