泥棒と私
柿泥棒は池に落ちた。
よく熟れた柿だけを持って逃げる泥棒を驚かせるために、爆竹を仕掛けておいたのが事の始まりだった。
よう響く破裂音が連続で家の屋根を走っていく。仕掛けた側が言うのも何だけど、唐突に鳴り響いた火薬の音に身を竦ませてしまった。
それは泥棒も同じ事だったらしい。木の枝から足を滑らせたその人は、庭にあるあまり大きくない池に、バシャン、と大きな音をたてて落ちていった。
「今日は狸鍋にすっぞ」
罠を仕掛けた張本人の兄が言う。ひぃ、という声が上がるのは、私が抱えているタオルの中から。
人に化けて柿やびわをとっていた彼は、前足でタオルを掻き分けて顔を出す。そして泣きそうな顔でこう言った。
「狸肉は臭くて食えたもんじゃねえですよ!」
自分で言うのか、そういう事。
いや、自分で言うんだろうな、そういう事。言わないと食べられちゃうものね。
「人の家の柿を盗んでいきやがって」
狸を睨む兄の鋭い目つき。竦みあがった茶色い獣はタオルの中に避難する。まるで私が守っているみたいに思えておかしかった。
「腹が減ってたんですよう」
そう言いながら人の姿を取る狸が、むくりとタオルの中から出てきた。
茶色くはねた短髪と、深い土色の垂れ目。
「メスだったの?」
膨らんだ胸元を見てそう尋ねれば
「嫌だな、こりゃ柿ですよ。あっしはメスですけど」
笑いながら返ってきた。
「池にはまったあっしを助けてくだすって、ありがとうござんした」
どうやら私に懐いてしまった様子。
「姉さんはあっしを食いませんよね?」
そう聞かれてつい笑ってしまったのはしょうがないこと。食べないよ、と頷けば、また嬉しそうに彼女は笑う。
その笑顔がどちらかというと男前な方に映って、少しだけどきりとした。
柿泥棒は池に落ちた。
私は柿泥棒と恋に落ちた。
すぐにふかふかな獣に戻った柿泥棒さんを優しく抱きしめると、秋の味覚の甘い甘い香りがした。