せかせか森のウサギ
ウサギは悲しかった。自分の意見というものをはっきり伝えたことがないからだ。タカやフクロウに言おうとすると睨まれる。キツネに言おうとすると笑われる。イノシシに言おうとすると怒られる。
自分の意見なんて誰も求めていないのではないかと、そう思っていた。
落ち込んで、ニンジンを一口かじる。
隣にニンゲンがやってきた。チャウ・チャウ犬のような見た目をしていた。
「こ……こんにちは」
ウサギは勇気を出して挨拶をした。チャウ・チャウ犬のようなニンゲンは、ペコリとお辞儀を返す。
「僕は、う、ウサギです」
チャウ・チャウ犬のようなニンゲンはウサギの言葉に頷いて、そして口を開いた。
「私は、ニンゲンです。こんにちは、ウサギさん」
ウサギはとても驚いた。静かに話を聞いてくれて、きちんと言葉を返してくれる相手など、初めてだったからだ。
「ぼ、僕はニンジンが好きで、ニンジンはカリッとしていて、甘くて、おいしくって、とてもとても、おすすめで」
ウサギは早口で話し出す。
「ニンジンはビタミンAがたっぷりで、オレンジ色で、ポリポリした食感で、とてもとても好きで」
タカやフクロウに睨まれた話し方だ。キツネに笑われて、イノシシに怒られた話し方だ。
ウサギは、いっぱいいっぱいになりながら、これではいけない、と感じていた。
自分だけがペラペラ話すのでは……。
チャウ・チャウ犬のようなニンゲンは静かに話を聞いていた。時々、うん、と頷いて、へえ、と小さな声で驚いていた。
「だから……僕はニンジンが、好きです」
ショボショボとしぼむように話を終えたウサギは、ニンゲンを見ることができなくて、悲しんでいた。
きっとニンゲンは呆れているに違いない。
「……もっと、聞かせて。ニンジン料理は、何がおすすめですか」
チャウ・チャウ犬のようなニンゲンの言葉を聞き、ウサギはとても驚いた。まったく拒否をされなかったからだった。
「に、ニンジンスープがおすすめです」
「今度、作ってみます」
ニンゲンはふっと笑う。初めて笑顔を見た。嬉しかった。
ニンゲンは、ゆっくり話す癖があった。
ウサギと違って、早口でまくし立てる話し方をすると、舌を噛んでしまうらしく、ゆったりと口を動かすのだった。
「に、ニンゲンさん、僕は、ニンゲンさんが好きで、それはなんでかと言うと、僕のことをちゃんと見てくれたからで、あと、ニンゲンさんが優しくて」
ウサギが一生懸命話すのを、ニンゲンは黙って聞いていた。そうして、話し終わったウサギをゆっくりと撫でて、抱き上げる。
「私も、ウサギさんが好きです。早く話せない私を……呆れずに受け入れてくれた」
せっかち喋りのウサギと、のんびり喋りのニンゲンは、その森で一番の仲良しとなったのだった。
ウサギは今でもせっかち喋りだが、のんびり喋りのニンゲンを気遣って、まくし立てなくなっていた。途中で話をやめて、ニンゲンが話す時間を作れるようになった。
タカもフクロウも、もう睨まない。キツネも笑わないし、イノシシも怒らない。
ウサギとニンゲンが、笑い合う。