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魔女の食卓

 ホットケーキを作った日。いつもは仕事に行っているはずの君が、バーから帰ってきて、怒りに任せて扉を閉めた。
 蜂蜜のボトルが跳ねて、私は蜂蜜を支えるように手を差し出す。ふかふかのホットケーキが彼の様子をうかがうように少ししぼんで、気の毒だ。
「どうしたの」
 問いかけると、君が私を睨む。
「嫌なお客に当たったの!」
 叫ぶように八つ当たりしてくる君。聞くと、人の人間関係に口を挟んでくる人がいたらしい。それは窮屈だなあと思うのだが、仕事場をさっさと抜けて帰ってきてしまう君も君だなあと思う私である。
「あたしが誰と付き合おうと自由じゃない」
「ホットケーキが怖がってるよ」
 ホットケーキはそろりと君の前に出て、君を心配そうに覗き込み、もふ、と鳴いた。
 自分を食べて元気を出してほしい、と言っている。そう通訳すると、君はぱちくりと瞬きをした。
「意思を持った食べ物を食べていいわけ?」
「食べてほしいっていう意思を持ってるんだから、食べてあげればいいんだよ」
「なんか、複雑な気分なんだけど」
 あたしが息の根を止めるってことでしょう、と嫌そうに言う君に、息の根も何も、もう調理済みだし、と首を傾げる。
 ホットケーキは蜂蜜と踊っていた。
「もふって鳴いたり、踊ったり、あたしのことを覗き込んできたりする生き物を、どうして食べろなんて言えるのよ」
「生き物じゃないよ。食べ物だよ」
「今こうして動いてるのは何なの?」
「そりゃあ食べてほしいときは意思表示くらいするよ。食べてもらうために生まれたんだから」
 バーから帰ってきたばかりの君は、嫌なお客のことなんてすっかり忘れ、ただ呆然としていた。
 私としては何が不思議なのかわからない。
「なんで、あんたが作った料理は動くのよ」
 君がぼやきながら、ホットケーキをぱくりと口に放り込む。ホットケーキは満足して、動かなくなった。
「躍動感があっていいでしょ?」
「躍動感というか……生命感」
 おいしい、と呟く君。君の機嫌が直ったなら、別になんでもいいよ。